自己免疫疾患の謎 アニータ・コース著 2019年12月青土社刊

(目次)

序章

始まり

先生と手がかり

そういう風に生まれ、そういう風に育つ

車椅子から勢いよく立ち上がって

ひとりぼっちの研究者

戦時下にある身体

自己免疫の攻撃

判定

女性特有の疾患

黄金、マスタードガス、そして世界一高価な医薬

流れに逆らって

ノーベル賞受賞者が電話に出る

ごみのコンテナに頭を突っ込んで

実験

数十億ドルの会社がやってきた

モノトーンの夢は去って

終章

 

自己免疫疾患の概要

環境要因について、わかっていること

免疫システムを抑制する薬剤

日本語版へのあとがき

訳者あとがき

日本語版へのあとがき

 

 自己免疫疾患 autoimmune disease:免疫システムが自分自身を攻撃するようになる  

 autoは自己の意味(P10)

 著者は1979年生まれ

 遺伝子的には異物である子どもを胎内に宿すことができるのは、妊娠の免疫学パラドックスだ(P13)

 出産の6週間後、指の痛みがあまりにも激しくなって、母は著者を抱いていることができなくなった。母は関節リウマチにかかっていた(P14)1993年、母死去、51歳(P19,24,34)

 関節リウマチの女性は、多くの場合、妊娠期間は通常よりも健康だった。9か月間、個の疾患を緩和していた何かが、出産が終わったら逆の方向へと動き出す(P36)

 一卵性双生児の片方が自己免疫疾患にかかったとき、もう一方が罹患する確率は約30%。関節リウマチでは約50%。一般人が関節リウマチに罹患する確率は1/100。よって外的要因(環境因子:食物、感染症、日光、化学物質、薬品、環境ホルモン、公害等)が発症の引き金となる(P42,43,45)

 関節リウマチの発症確率は、西欧6/1000、インド2~3/1000(P44)

 1920年代、フィリップ・ヘンチ(米メイヨ―クリニック勤務)は、関節リウマチの患者が妊娠中は通常より健康になったように感じた。また黄疸が出た患者、断食をした患者が同様の回復をしたことに気づいた(P47)

 彼は、関節リウマチを患う車いすの女性(ガートナー婦人、29歳)にコルチゾンを4日間連続で100g/日投与した。4日目、ガートナー婦人は、歩いて病院から外出し、買い物を楽しんだ(P49)

 身体は、突然負荷がかかったとき、コルチゾールを放出し、エネルギー消費の激しい免疫システムを鎮静化して、そのエネルギーを他の部分で使えるようにする。コルチゾンはコルチゾールから作られた化学薬品であり、高用量のコルチゾン投与によって強力な抗炎症作用が現れる。しかしコルチゾンには重大な副作用が見つかり、高用量を長く続けることはできなかった(P50~51)

 エストロゲン生産のアンタゴニストを飲み始めた後に、関節リウマチを患う患者もたくさんいる。乳がんを発症した女性は、多くの場合、治療でこのような医薬品を処方されている(P54)

 皮膚は境界壁の一部で1~2㎡だが、体内にある粘膜の表面は、約400㎡に及ぶ(P77)

 マクロファージは、協会壁を越えて侵入してきた異物(細菌?)を貪食し、殺す(P77)

 補体タンパク質が、マクロファージを手助けする(補体系)(P77~78)

 多形核好中球も貪食する(マクロファージより強力)が、活動期間が長すぎると私たちの生命にかかわる。よって生まれた数日で死んでしまう(P78)

 細菌は30分ごとに倍増する(P79)

(獲得免疫の種類)(P79~82)

 T細胞:常時3000億。感染した細胞(ウイルスが寄生)を攻撃し抹殺

 B細胞:常時30億:細菌対象。抗体を生成

 ヘルパーT細胞:免疫システム中の他の細胞に指示、支援

 制御性T細胞:攻撃終了命令を指示。自己免疫疾患予防の中心的役割

  遠くへの情報伝達はホルモン、近くへはサイトカインが担う。炎症が起きたとき、細胞同士がこまめに連絡を取ることが必要だが、そのとき細胞はサイトカインを産生して近くにいる他の細胞に情報を伝える。免疫細胞は、免疫の表面にある受容体を通じて連絡を取り合う。(P84)

 腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor TNF)は、サイトカインの一種で、炎症反応の主要部分の舵を取っている。関節リウマチでは、TNFは暴君となり、免疫システムに鞭をふるう。それが原因で炎症が発生する理由のないところで炎症が発生する(P85)

(免疫疾患の分類)(P90)

臓器特異性疾患:特定の細胞のみ攻撃:一型糖尿病

全身性自己免疫疾患:全身の細胞を攻撃:関節リウマチ

 免疫細胞がレンサ球菌と闘っている間に、システム中で接続ミスが起こることがある。B細胞は、レンサ球菌を嗅ぎ出すために抗体をつくり出すが、ときとしてこの抗体が心筋や関節中の細胞を攻撃してしまうことがある。(P92)

 リウマチ熱では、免疫細胞が、関節や心臓の細胞をレンサ球菌と混同するようだ。これらの細胞についている表面マーカーは、免疫システムにレンサ球菌だと認識させるマーカーと、ほぼ同じだからだ。(交差反応)(P93)

 胎盤は母親の免疫システムへのバリアーで、その攻撃から赤ちゃんを守っている。胎児は母親とは別の遺伝子を持つので、母体にとっては異物だ(P93~94)

 体内の細菌フローラが免疫システムに影響を及ぼしている(仮説)(P95)

 アレルギーや喘息は、無害なはずのものに免疫システムが強く反応したときに発生する。つまり喘息、アレルギー、自己免疫疾患には共通点がある(P95)

 免疫システムは、乳幼児の間にとくに発達する。赤ちゃんは誕生時に産道を進みながら細菌の嵐に遭っている。生まれてからも次々に新しい細菌に見舞われる。1歳の子供が一つかみの土を口に入れるのは、ばかげた行為ではない。こうやって、身体を多くの未知の細菌や微生物に慣れさせている。この幼児は免疫システムを鍛え、どれが危険でどれが危険でないかを認識させている。このような訓練を受けていないと、その後の人生で、免疫システムの兵士たちが衝動的に銃を乱射するかもしれない(P95)

 良好な衛生状態による健康効果は、細菌だらけの環境で育つことで得られるかもしれない利点をはるかに上回る(P96)

 多くの研究が、家庭で犬と一緒に育つことで、喘息にかかるリスクが減ることを示している。犬の微生物が家族に移り、良い影響を及ぼすのだろう(P97)

 先進諸国に住む人々は、発展途上国の人々に比べて細菌フローラの多様性が乏しい。人とマウスの両方で行われた試験の結果は、細菌フローラの多様性が自己免疫疾患発症のリスクの程度や重篤化するかどうかにかかわることを示した(P97)

 近年の研究では、潰瘍性大腸炎の患者に、健康な人の便を移植すること(=健康な人の細菌フローラを移す)で、4分の1の人々の症状が改善した。一型糖尿病のマウスでは、症状が消えた(P98)

 一連の自己免疫疾患について、実際に発症する引き金になる最も疑わしい要因は伝染病だ。EBV(エプスタイン・バール・ウイルス)は単核球症(腺熱=キス病)の原因となるウイルスで、多発性硬化症、狼瘡、シェーグレン症候群、関節リウマチの引き金となっている可能性が高い(P100)

 EBVは、一度感染したら、免疫システムの中にある限られた細胞中に隠れ、終生、休止状態でそこに潜んでいる(P100)

 関節リウマチ患者は、歯周炎にかかる回数が多く、歯周炎が酷いほど関節リウマチも重症だ。口腔内の炎症を治療すると、関節リウマチも改善する傾向がある(P101)

 2種類の性ホルモン=黄体形成ホルモン(luteinizing hormone LH)と卵胞刺激ホルモン(follicle-stomulating hormone FSH)の値が上がると、関節リウマチの炎症を引き起こすサイトカインの量も増える。特に炎症反応の大部分を誘引するサイトカイン=TNFが増加する。身体が性ホルモンを産生するときは、脳がLHとFSHを通して信号を送る。エストロゲンやテストステロンを産生するように卵巣と精巣を刺激するのは、この2種類だ(P103,P106)

 一般的に女性は男性よりも攻撃的な免疫システムを持っていて、そのため伝染病に対する耐性も強い。しかし妊娠中は免疫細胞の攻撃性が弱くなる。胎児が攻撃を受けないようにするには不可欠な作用だ。性ホルモンはこのような変化を裏から操っている。女性は、ある程度の年齢に差し掛かると、突然、エストロゲンが奪われ、更年期に入る。更年期は免疫システムにも影響する。多くの女性が自己免疫疾患を発症するのも、更年期だ。更年期が遅いほうが、関節リウマチにはかかりづらい(P113)

 狼瘡を発症するのは10人中9人が女性だ。狼瘡は特に結合組織の炎症を引き起こし、全身に広がることもある。狼瘡の患者は、エストロゲンのレベルが上昇する妊娠中に、症状が重くなる。更年期に入ると、狼瘡にかかるリスクは減る(P114)

 男性もエストロゲンを産生するが、その値はずっと低い。自己免疫疾患患者の5人に1人は男性である(P114)

 性ホルモンの産生は視床下部で起こる一連の作用だ。視床下部は生命維持に不可欠な機能を司っている。性ホルモンの分泌量が過少との情報が得られたとき、視床下部で、はホルモンGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)を産生し、脳下垂体に放出する。するとLHとFSHが産生され、血液中に放出される。これらのホルモンが卵巣又は精巣に到達すると、性ホルモンが産生され、体内に放出される(P115~116)

 患者にGnRHアンタゴニスト(GnRH阻害剤)を投与することでLHとFSHのレベルを下げて、それで炎症が軽くなるかどうかの臨床試験を行うべきと考えた(P117,118)

 メトトレキサートは細胞障害性薬物であるが、がん治療薬として使われている。1980年代、関節リウマチ、強直性せきつい炎、乾癬、クローン病等の自己免疫性疾患に低用量のメトトレキサートが使われるようになった。これにより炎症を和らげる。

 抗TNF薬は、関節リウマチとクローン病の両方で試験が行われ、効果があることが判明し、1998年と1999年に認可が下りた。さらに、強直性脊椎炎(AS)、乾癬、若年性関節リウマチ、炎症性腸疾患など他の多くの免疫疾患にも効果があることが判明した。製薬業界は、さらに多くの抗TNF製剤を開発した。レミケード、エンブレル、ヒュミラ(シェア半分)。ただし、効果があるのは患者の60%~70%にすぎない(P133~135)

 免疫システムにとって、生物学的製剤は未知の侵入者のようなもの。そのため免疫システムは、この薬自体を攻撃する。時とともに生体は、生物学的製剤に対する防衛を強め、薬の効果が薄れていく(P136)

 GnRHアンタゴニストは前立腺がんの治療薬だ。性ホルモンのテストステロンは前立腺がん細胞の栄養源の役割を果たしているからだ。医薬は存在しているが、関節リウマチの治療のための試験をした人はいなかった(P144)

 GnRHは、10個のアミノ酸でできているペプチドで、視床下部内の神経細胞でつくられている。GnRHの放出は、規則的な間隔を置いた噴出であり、一昼夜かけて進む。GnRHは、視床下部と脳下垂体の間に完全に独立している血管を通して運搬される(P150)

 GnRHを阻害すると、被験者の炎症は鎮まるのか。私たちは、C反応性蛋白(CRP)を用いて炎症を測定した。薬注入前の患者のCRP値は55mg/L(日本の基準上限値は0.3mg/dl)だったが、薬注入の数日後20mg/Lに低下した(P173)

 全身性エリテマトーデス(狼瘡Systemic Lupus Erythematosus)は、多くの臓器に症状が起こる可能性がある。皮膚、関節、腎臓、血液、神経系など。この患者は10人中9人が女性だが、男性が発症すると、激しい苦痛に襲われる。最高の治療薬はマラリア治療薬だ。全身性エリテマトーデス患者の多くは順調に長生きしてよい人生を送るが、依然として生命を脅かす病気であることに違いはない。症状の深刻な男性患者にGnRHアンタゴニストを投与した数か月後、彼は普通に歩けるようになり、腎臓の数値も正常になった(P184,185)

 GnRHはアンタゴニストは、偽のGnRHの一種だ。この薬物は、細胞の受容体に付着することで、GnRHの機能を妨げる。GnRHアンタゴニストをつくるためには、GnRHの一部を組み替えなければならない(P198)

 2017年初頭、アステラスとの契約に関するニュースがメディアで取り上げられた(P202)

 加齢とともに起こる重要な変化の1つは、身体が弱い炎症状態になることだ。もし安全な方法でこれを防ぐことができれば、私たちはもっと長く若さを保つことができる(P211)