市場サイクルを極める ハワード・マークス著 2018年10月日本経済新聞出版社刊

(目次)

はじめに

第1章 なぜサイクルを研究するのか?

第2章 サイクルの性質

第3章 サイクルの規則性

第4章 景気サイクル

第5章 景気サイクルへの政府の干渉

第6章 企業利益サイクル

第7章 投資家心理の振り子

第8章 リスクに対する姿勢のサイクル

第9章 信用サイクル

第10章 ディストレスト・デットのサイクル

第11章 不動産サイクル

第12章 すべての要素をひとまとめに~市場サイクル

第13章 市場サイクルにどう対処するか

第14章 サイクル・ポジショニング

第15章 対処できることの限界

第16章 成功のサイクル

第17章 サイクルの未来

第18章 サイクルの本質

 

【はじめに】

 「投資で一番大切な20の教え」の20の要素の1つひとつが、成功を願う投資家にとって絶対欠かせないものだ。サイクルは投資において唯一価値ある要素だとは言えないが、20のうち最重要項目に一番近い要素だ(P7)

 

【第1章】

 サイクルの中での立ち位置が変わると、勝ち目も変わる。サイクルに関する何らかの見識を生かせば、勝ち目が大きくなったときには投資額を増やして、より積極果敢な投資を行い、乏しくなったときには投資額を減らして、より防御性を高めることができる(P18)

 PFをある時点で最良な形に組むには、攻撃性と防御性のバランスをとるべく調整することである(P21~22)

 未来は、起きる可能性があることの範囲、可能性の確率について考察した確率分布として見るべきだ(P24~25)

 

【第2章】

 多くの人は、出来事の連続という観点からサイクルをとらえ、各出来事は決まった順序に従って規則的に起きると考えている。それだけでは不十分だ。1つのサイクルの中の出来事は、それぞれの出来事が、次の出来事を引き起こすと捉えるべきだ(P35)

 右肩上がりの線とその周辺で上下動する線。中央の線は、変動するサイクルの中心点を意味する。基調となる方向性や長期トレンドが見られるものもあり、多くは上向きだ。時間の経過とともに、長期的に経済は成長し、企業利益は拡大し、市場は上昇する傾向にある。サイクルに単独の出発点や終着点はない。妥当な中心点は、物事を極限から標準へと向かわせるが、通常、標準に留まる時間は長くない。中心点から先に進む幅が大きいほど、サイクルはより大きな混乱を引き起こす可能性がある。ブームやバブルの後には、はるかに大きな損害をもたらす崩壊、暴落、パニックが訪れる(P36~43)

 1つの領域におけるサイクルの変動が別の領域のサイクルに影響する。景気サイクルは企業利益サイクルに、利益サイクルに左右される企業の業績発表は、投資家の姿勢を変化させる。姿勢の変化が相場を動かし、相場の変動が信用サイクルに影響し、それが景気、企業、市場へと波及する(P48)

 周期的医な出来事は、内生的な事象と外生的な事象の双方から影響を受ける。外生的事象の多くは、他のサイクルの一環をなしている(P48)

 

【第3章】

 変動の大半は、サイクルが形成される際に人間が果たす役割に起因する。人間の感情や心理がもたらす趨勢が周期的な現象に影響を及ぼす。人間はサイクルを生み出す主因であり、ランダム性とともに、その一貫性、確実性を欠く性質の原因となる(P60)

 

【第4章】

 一国の経済の生産量は、労働時間と1時間当たりの生産量で算出される。よって、その国の長期経済成長率は、主に出生率や生産性伸び率等の基礎的要因で決まる。これらの要因は、10年単位の時間をかけて徐々に変動する。よって、年平均成長率は、長期間安定的な水準となる。しかし、1年ごとの成長率は、変化しやすい他の要因の影響でばらつきを生じる(P67)

 投資家の注意を引きつけるサイクルの大半は、長期トレンドの周りで揺れ動いている。こうした揺れは、短期的には企業や市場にとって極めて重要だが、基調となるトレンドラインのほうが、全体的に見てはるかに大きな意味を持つ(P70)

 出生率同様、生産性の変化は緩やかなペースで徐々に起きるのであり、GDP成長率にその影響が現れるまでには長い時間がかかる。生産性の向上は、主に生産プロセスの進歩による。生産性の向上率は数年間にわたり、比較的安定する傾向がある(P75~76)

①蒸気や水力を用いた機械が労働者に代替(産業革命の時代1760~1830)

②電力と自動車が効率性の低い動力と輸送手段に代替(19C末~20C初頭)

③CPその他の自動制御手段が人間に代替して生産機械を操作(20C後半)

④情報の取得、蓄積、応用、メタデータ、AIによる革新(現状)

(長期トレンドの短期的変化の要因)(P76~85) 

①人口動態の変化

②投入量の決定要因(労働参加率、1人当たり労働時間)

③意欲、教育、技術、自動化、グローバル化

④資産価格の上昇で、より豊かになった気分がすることで、限界消費性向を高める→経済見通しが自己実現的な側面を持つ(資産効果

 

【第5章】

 景気サイクルを管理することは、中央銀行と財務当局の責務の一部となっている。景気サイクルへの対処は反景気循環的で、独自のサイクルを描く形で用いられる。しかし、サイクルを管理するのは容易ではない(P93)

中央銀行の役割)(P97)

①インフレ抑制 :経済成長を抑える方向

②雇用確保の支援:経済成長を促す方向

 

【第6章】

 企業の利益を決定づけるプロセスは複雑で多くの変数に左右される。主に、営業レバレッジと財務レバレッジの違いにより、売上高の変化の利益への影響が他社よりはるかに大きく現れる企業がある(P101)

 

【第7章】

 企業、金融、市場のサイクルにおける上方(と下方)への行き過ぎた動きは、ほとんどの場合、心理の振り子の過剰な揺れによって起こる(P111)

 1970年から2016年の47年間に、S&P500の年間騰落率が平均的な水準から±2%(8%~12%)の範囲に収まった年は3回しかないが、±20%超となった年は13回ある。リターンが極端な水準に達した年は、ランダムに散らばっているのでなく、同じ方向に向かって同じように極端なパフォーマンスを演じた他の年の前後1、2年のところに位置していた(P116~117)

 

【第8章】

 理性ある投資家は、熱心で疑い深く、いつも適度にリスク回避的であるだけでなく、リスクに見合う水準よりも大きなリターンが得られそうな機会はないかとアンテナを張っている。一方、相場がよいとき、多くの投資家は「リスクは味方だ。高いリスクを取れば、それだけ儲けも大きくなる」と言い、相場が悪いときは「もう損したくない。ここから救い出してくれ!」と言う(P137)

 投資家が集合体としてのリスクをどのように見ていて、それをもとにどのように振る舞うかが、我々を取り巻く投資環境が形成される過程で圧倒的な役割を果たす。その投資環境の状態が、その時点でのリスクに関して投資家がどう振る舞うかを決定するうえでカギとなる(P139)

 リスクが高そうな資産は、より高いリターンを生み出しそうに見える必要がある。そうでなければ誰もそれに投資しないだろう。リスク不選考の性向があることから、投資家にリスクを取らせるには追加的な見返りの可能性で引きつける必要がある(P141~143)

 リスクに対する選考が変化すること、それが投資環境を変容させる(P145)

 よい出来事が起き、陶酔感、楽観主義、強欲の傾向が強まると、投資家は通常よりも、そしてあるべき状態よりも、リスク回避的でなくなる。よって、景気と市場が最も堅調な時に、より分別にかける投資が行われる(P149~150)

 高リスク資産の価格が上昇することは、そうした資産について見込まれるリスク・プレミアムに対する意識が、より高い時期に比べて小幅になることを意味する(P150)

 相場のピークでリスク許容度が天井知らずになるように、相場の底ではリスク許容度はゼロになる。こうした悲観的な姿勢の影響で、それ以上損失が出る可能性が極めて低くなる水準、巨額の利益が生じうる水準まで価格は下落する。だが価格が底にあるときに、傷を負った投資家は、リスク回避の姿勢を強め、傍観者になる(P156)

 最大の投資リスクは、投資家を夢中にさせる何らかの新しい投資根拠によって、資産価格が過度に高い水準に達したときに訪れる(P160)

 住宅価格が上昇し、金利が低下していた時に、アメリカの住宅ローン市場では①→⑥の出来事が生じた。住宅ローンの融資基準が低下し、リスクが上昇した(P166~167)

①初期優遇金利が低くなった

②融資比率(融資額/住宅価格)が上昇した

③融資比率100%のローンが登場した

④返済額に占める元本部分の比率が低いローンが導入された

⑤返済額に元本部分が全く含まれないローンが導入された

⑥職や信用履歴に関する書類なしでローンが組めるようになった

 他人が慎重さを欠いているときほど、自分たちは慎重に事を運ばなければならない(ウォーレン・バフェット)(P169~170)

 否定主義が過度に広がった時期には、行き過ぎたリスク回避の姿勢から、限界まで価格が下落する。それ以上損失が生じる可能性が極めて低くなり、損失リスクが極めて小さくなる。最も安全な買い場は、お先真っ暗だと誰もが思い詰めているときに訪れる(P179)

 

【第9章】

 素晴らしい投資成果は、質の高い資産を買うことではなく、契約条件が妥当であり、価格が安くて洗剤リターンが大きく、リスクが限定的な資産を買うことによって達成される。このような条件は、サイクルの厳しい局面に位置しているときに整いやすい。信用市場の扉が閉ざされた局面にあるときに、掘り出し物が手に入りやすくなる(P184)

 企業の資産の多くは長期的な性質のものだが、その原資は、借り入れコストが最小の短期債である。企業は、負債が満期を迎えるときは、完済ではなく、借り換えを行う。その時点で新たな債券を発行できなければ、デフォルトを余儀なくされる。中でも金融機関は、信用市場に過度に依存している(P188~189)

 好況で融資が拡大すると、無分別な融資が行われ、巨額の損失を生み出す。貸し手は融資をやめ、好況に終止符が打たれる。市場とは、最も高い買値をつけた人の手に、売り出されて品物が渡るオークション会場である。参加者が競り合うことで、価格は絶対額で見ても、PER等のバリュエーション尺度で見ても上昇する(P193~194)

 リスク許容の姿勢が支配的になり、貸し手が融資機会を得るために激しく競争すれば、競り合いは加熱し、払う代償は極めて高くなる。信用市場での過熱したオークションは、実際には敗者となる「勝者」を生み出す傾向が強い(P195)

世界金融危機の経過)(P201~) 

①元々、金融リスクに対する寛容すぎる姿勢

FRB金利引下げによって生まれた高利回り投資商品に対する旺盛な需要

③投資家が過度に積極的な姿勢で革新的金融商品を受け入れ

④革新的商品の中で住宅ローン担保商品が中心的存在になり、新たな派生証券をつくり出すうえで原資産となる住宅ローンに対するニーズが急激に高まった

⑤住宅ローンの販売を後押しし、住宅ローンの貸し手のローン組成基準が緩和→サブプライムローン開発

⑥住宅所有者増加=従来の住宅ローン融資基準では家を持てなかったはずの人々の増加

⑦格付機関がかさ上げした格付けを付与

⑧初期優遇金利の設定、変動金利型住宅ローンを開発、普及等により住宅購買力が増加

投資銀行が、サブプライムローンを束ねた上で、複数海藻に分割。仕組債により売りやすさを最大化

⑩仕組債を組成した投資銀行が、元本の返済順位が最低のエクイティ債を保持

 

【第10章】

 信用市場が過熱すると、状況が少し悪化しただけで返済ができなくなるような債券が発行されるようになる。これが無分別な信用の拡大だ(P218)

 ディストレスト・デットは、事業の面で問題はないが、財務状態が悪く、既存債のデフォルトを起こした企業や、その道をたどる可能性のある企業を対象としている。ディストレスト・デットの投資機会に不可欠な要素は次の2つだ(P219~222)

①無分別な信用の拡大

②企業利益の減少をもたらす景気後退または景気と金融市場に打撃を与える外生的事象(戦争)

 

【第11章】

 たいていの場合、人は強欲と希望的観測に流されて、好材料ばかりに目を向けてしまう。こうした傾向は不動産投資で顕著だ(P228)

 実物資産を伴う不動産の市場では、長いリードタイムが顕著だ。計画が始まってから建物が市場に出るまでには、往々にして好況から不況へと景気が移り変わるほど長い時間がかかる。(P229~232)

 好況時にプロジェクトを始めることは、リスクの源となりうる。不況時にとん挫したプロジェクトを買うことは大きな利益をもたらす可能性がある(P234)

 アメリカの2010年の1人当たりの住宅着工件数は、1940年~2010年で最低だった。サブプライムローン危機、住宅バブルの崩壊、2007年~2008年の世界金融危機の後、住宅建設は実質的に再開されておらず、直後の数年間に供給される新築住宅数は、住宅需要の回復に対応するには不十分だと推測できた。そこで、我々は住宅ローン不良債権、住宅建設用土地を担保とした銀行融資の不良債権に巨額を投じ、北米最大の非公開住宅建設会社を買収した(P236~238)

 資産価格が上昇しているときは人々が強気になり、識者の見解がそれをもっともらしく後押しする(P245)

 

【第12章】

 資産価格は、①ファンダメンタルズ(利益、キャッシュフロー、それらの見通し)、②心理(投資家がファンダメンタルズをどう受け止め、評価するか)の変化に左右される。証券価格が利益より大きく変動するのは、心理、感情などによるが、ファンダメンタルズと心理は相互に作用しあう(P250~251)

(強気相場の3段階)(P256)

①並外れて洞察力に富んだ一握りの人が、状況がよくなると考える(革新者)

②多くの投資家が実際に状況が良くなっていることに気づく(模倣者)

③最後に、すべての人が状況が永遠に良くなり続けると思い込む(愚か者)

 

【第13章】

 カギとなるのは、心理の振り子とバリュエーションのサイクルが今どの状態にあるかを知ることだ。過度に楽観的な心理と、高すぎるバリュエーションを積極的に受け入れる姿勢から、価格がピークに近い水準まで高騰しているときに、買わないこと(P276)

 市場がサイクルのどこに位置しているかは、バリュエーション尺度(株式はPER)による(P281)

 ①いろいろある中で何が重要なのかを見極め、②それによってどのような展開が生じるのかを推論し、③その推論から、今の投資環境を特徴づける要因を1、2個導き出して、そこからどう行動すべきかを割り出すことが重要(P286)

 ①資産の価格はどのような状態にあるか、②周りの投資家はどのように振る舞っているか、を絶えず、規律をもって評価することで、サイクルのどこに位置しているかを測る(P288)

 混乱が収まり、投資家の気持ちが落ち着いた頃には、バーゲンは終わっている。価格が本質的価値を下回ったときから、買い続ける。価格が下がる続けている場合は、買い増せばよい(P316~317)

◎上記は「市場は、あなたが支払い能力を保てる期間よりも長く、不合理な状態を続けることができる」(ケインズ)(P322)という引用と矛盾している。やはり「落ちるナイフ」はつかむべきではないだろう。

◎このあたり、ほとんど同じことを繰り返し言っているように思う。

 

【第14章】

 将来の市場動向に適したポートフォリオをうまく組むには、どういう姿勢で動くか(攻撃・防御)、サイクルの位置づけから将来の市場動向を巧みに読み取った上で、いつそれを実行に移すかがカギとなる(P330)

 

【第15章】

 市場サイクルに関する理解に基づいてポジションを変えることで、長期的な投資パフォーマンスを改善しようとするのは理に叶っている。①そのために必要なスキル、②実行することの難しさ、③その限界について理解しておくことは大事だ(P350

 とるべき賢明な策がないときには、賢明であろうとすることが過ちになる。我々は、大きなサイクルの波の中での極限に狙いを絞ることで、当たる確率を最大化してきた。恒常的に、極限以外のタイミングで成功を収めることは、誰にもできない(P356)

 

【第16章】

 類いまれな収益性を生み出すものはみな、追加的な資金流入をもたらし、やがて人気過多になって定番化すると、リスク調整後のリターンの期待値が平均へと近づいていくパフォーマンスがさえない資産は、しばらくすると超割安になり、アウトパフォームする立場に変わる。投資で成功するうえでカギになるのは、こうしたサイクルだ(P360)

 成功は、ほとんどの人にとっては良いことではない。成功は人を変えることができるが、たいていの場合、それは良い方向にではない。相場が力強く上昇する中で大金を稼ぐと、投資を極めたと思い込み、自分の見解と本能に対する自信を深めてしまう。そして自分が間違っている可能性を考えなくなり、損失を出すリスクを気にしなくなり、前の成功をもたらした安全域を確保しようとしなくなる。「強気相場と自分の知能を混同してははならない」(投資の格言)(P363)

 値上がり銘柄を買うトレンドフォロー投資、モメンタム投資は、しばらくはうまくいく。だがやがて、銘柄間のローテーションや出遅れ銘柄を買う動きによって、必勝法の座を奪われる(P368)

◎それはそうだけど、勝率は高いのでは?

 

【第17章】

 経済も市場も過去において一本のまっすぐな線に沿って動いたことはなく、未来においてもそれは変わらないだろう(P380)

 

【第18章】(略)