「がん」では死なない「がん患者」 東口高志著 2016年5月光文社刊

(目次)

序章 病院で「栄養障害」がつくられる

(1)がんで入院しても、がんで死ぬ人はたった2割!

(2)歩いて入院した人が、退院するとき歩けないのはなぜ?

(3)寿命が尽きる前に死んでしまう人が多すぎる!

第1章 がんと栄養をめぐる誤解

(1)「栄養を入れるとがんが大きくなる」は本当か?

(2)術前術後の栄養が回復のカギ

(3)抗がん剤治療、放射線治療の副作用

(4)着地点を見極めて”逆算のがん治療”を

第2章 症状や病気がちがえば栄養管理も異なる

(1)病院で広がる感染症

(2)褥瘡は大問題

(3)物がうまく飲みこめない

(4)つらい呼吸障害を和らげる

(5)その他の病気と栄養のかかわり

第3章 老いと栄養

(1)慢性栄養障害と急性栄養障害

(2)退院後の栄養をどうするか

(3)アンチエイジングと栄養

第4章 栄養についてもっと知る

(1)食べた物は体内にどう取り込まれるのか

(2)栄養状態の善し悪しはどうやって見分ける?

終章 食べて治す

 

【序章】

 実際には、多くのがん患者は、がんでは亡くならない。脳転移や肺転移は致命的だが、心臓への転移は非常にまれ。骨転移も、造血障害を起こすまでは命の別状がない。がん患者の8割は感染症で亡くなっている。栄養障害によって免疫機能が低下しているのが感染症で亡くなる原因(P12~13)

 栄養障害とは、栄養素のバランスが壊れることによって代謝障害を起こした状態。代謝とは、生命維持活動に必要なエネルギーをつくったり、筋肉などの組織をつくるために体内で起こる生化学反応(P13、P22)

 がんは、栄養を入れようが入れまいが、大きくなるときは大きくなる。がんは、炎症性サイトカインを放出し、身体を溶かすようにして栄養を集めながら大きくなる。ものすごい勢いで身体から栄養が奪われるわけで、栄養を摂らなければ、あっという間に栄養障害に陥る(P16)

 栄養障害で多いのは3大栄養素の欠乏。ほかにビタミン、微量元素の欠乏or過剰もある。中でも重要なのはタンパク質で、不足すると①骨格筋、心筋などの筋肉量が減少、②血液中のタンパク質減少により免疫細胞がつくれず、免疫機能低下、③身体全体のタンパク質の25~30%減少で死に至る(P22~23)

 

【第1章】

 栄養の観点では、がんは代謝異常の病気(P34~36)

①糖代謝:糖にかかわる酵素に異常を生じさせて糖の代謝を亢進させる。がん細胞は、糖を大量に取り込んで消費する

②タンパク質代謝:サイトカインやPIF(proteolysis-inducing factor:タンパク質分解誘導因子)を放出し、筋肉でタンパク質の分解が進む

③脂質代謝:サイトカインやLMF(lipid mobilizing factor:脂質動員因子)を放出し、脂肪細胞から血液中に脂肪が溶けだす。サイトカインにより血中脂質を代謝できなくなる

 

 「栄養を入れるとがんが大きくなる(だから栄養を入れないほうがいい)」という言い方は、がん細胞が栄養を摂り込むことだけに注目し、その栄養が身体から奪われていることを無視している(ので誤り)(P36)

 医療現場で多い栄養障害は、PEM(protein-energy-malnutrition:タンパク・エネルギー障害)。糖の摂取においては、糖が効率的に「好気性解糖」に回るように、好気性解糖を促進する栄養素を同時に摂ることで。がん細胞による「嫌気性解糖」を抑える(P37~38)

(好気性解糖)(P39~43)

 好気性解糖を亢進させる栄養を補給すれば、少なくとも正常細胞では効率よくエネルギーをつくれ、がん細胞に糖をある程度奪われても体が弱ることを避けられる

(必要な栄養)(P43~45)

ビタミンB1ミトコンドリアでピルビン酸がピルビン酸脱水素酵素によって代謝され、アセチルCoAとなって、TCAサイクル(クエン酸回路)に入る。ピルビン酸脱水素酵素が働く際にビタミンB1補酵素として使用

コエンザイムQ10 :電子伝達系で電子の受け渡しをしてATPを生産する際に補酵素として使用  

L-カルニチン:脂肪細胞から溶け出た脂肪酸ミトコンドリアに取り込むのにL-カルニチンコエンザイムQ10が必要

④BCAA、クエン酸:がん細胞がつくり出した乳酸(疲労物質)をピルビン酸に戻す際に、BCAA(バリン、ロイシン、イソロイシン)やクエン酸が有効

 

 栄養状態を評価する際の重要な指標である「血清アルブミン値」が十分な場合(4.6g/dl)の術後30日以内の合併症発症率は10%、死亡率1%未満。半分以下(2.1g/dl)では65%、29%(P48)

 手術後は、手術によって傷ついた細胞を修復するために大量のエネルギーが必要なのに、エネルギー源である糖を細胞内に取んで代謝することができない。したがって、手術前に栄養状態を良くしておくことが大切。手術後は、絶食期間をできる限り短くすることが必要。絶食期間が長くなると、小腸の粘膜が萎縮し、バリア機能を失う。バリア機能を失った粘膜から、細菌等の異物が体内に侵入する(P49~50、59~60)

 GFOは、グルタミン+水溶性ファイバー+オリゴ糖。グルタミンは腸のエネルギー源、水溶性ファイバーは分解されて短鎖脂肪酸になり、大腸のエネルギー源になる。オリゴ糖は水溶性ファイバーの働きを助ける(P54)

 小腸の粘膜には全身のリンパ球の60~70%が存在。バイエル板(小腸粘膜の免疫器官)は、小腸に侵入した異物を捉え、その特徴をリンパ球、白血球に伝え、その抗原から身体を守るべく免疫担当細胞(抗体を生成する細胞)をつくる。抗体は血流に乗って全身に運ばれ、身体全体で働く(P58~59)

 ストレスを感じると炎症性サイトカインが放出され、体の中が炎症を起こした状態になる。炎症によってダメージを受けた細胞を修復しようとしてエネルギー消費量が増え、エネルギー源としてタンパク質も使われていく(P60)

 抗がん剤治療も、かなり侵襲の大きい治療法で、健常組織にもダメージを与える。そのダメージを補うにはタンパク質とエネルギー、抗酸化作用のあるコエンザイムQ10、ビタミンA、C、E、亜鉛などの微量元素をたくさん摂ることが必要(P61~62)

アルブミンの働き)(P62~65)

①様々な物質と結合やすい

 ⇒血液中の亜鉛、カルシウム、酵素、ホルモン、脂肪酸と結合 ⇒身体の各所に運ぶ

 ⇒薬の成分と結合 ⇒薬成分の血中濃度が一気に上がらない ⇒体内各所で効果発揮 

 ⇒アルブミン量過少 ⇒非結合の薬物の血中濃度が急上昇 ⇒激しい作用(副作用)

②血管の中に水分を保持し、浸透圧を維持する 

 アルブミンは水を引きつける=20ml/1g

 アルブミンは分子量大きいので、血管壁を通り抜けれない

 アルブミンがあることで分子の総量 血管内側:大  vs 血管外側:小

 ⇒血管が丸く膨らみ、その中を様々な物質が流れていく

 栄養障害で身体がむくむのは、血中アルブミン減少で、水を血管内に保持できなくなり、水が血管壁から外に浸透するから(P65)

 アルギニンやクエン酸は、筋肉に溜まった乳酸を減らす作用があるので、頭皮の下の筋肉に溜まった乳酸の減少をもたらし、その結果筋肉が柔らかくなって血流が良くなり、頭髪が生えてきたり太ったりすることがある(P66)

(がん治療による副作用と栄養)(P66)

抗がん剤治療  味覚障害  亜鉛、ミネラル、ビタミン、たんぱく質

        頭髪の抜け アルギニン、クエン酸

放射線治療   腸炎    グルタミン、ファイバー、オリゴ糖(GFO)

        肺線維症  オメガ3系脂肪酸コエンザイムQ10、BCAA

        貧血    鉄、亜鉛、銅

        脳の炎症  BCAA、ビタミンA、C、E、亜鉛

 がんの種類が違うとがんの形が違うので、原生のがんか転移したがんかの違いが分かる。腫瘍をつくる固形がんは、大きいものは抗がん剤で完全に消すことはできない。固形がんの塊を消すほどの抗がん剤を使用すると患者の身がもたない(P67)

 がん治療においては、治療の着地点を見極めて、今何ができるかを逆算して、医療をする「逆算のがん治療」をすることが大事(P71~80)

 がん患者は、闘病中、回復期、病状安定期を通して栄養をたっぷり摂ることが必要。がんがエネルギーを大量に消費するし、がんと闘うエネルギーも必要なので、栄養が足りない飢餓状態にあっても、健常者の普通レベルのエネルギーを消費する。栄養を補給しないと、あっという間に飢餓状態が酷くなり、栄養障害が進む最終段階では摂りすぎないことことが大事(P80~86)

 ただし、ほとんどのがん患者は、亡くなる3週間ほど前からエネルギー消費量が減少してくる。最終段階では、細胞が栄養や水分を受け入れられなくなり、余分な栄養、水分はそのまま腹水、胸水、全身のむくみとなる。過剰な負荷がかかり、患者はかえって苦しくなる。これ以降が悪液質、不可逆的状態である。身体が受け付けなくなったとき、生命維持に必要なごく少量(一般の1/3~2/3)の栄養と水分だけを入れることで患者は身体が楽になる(P86~87)

 炎症とは、細胞が何らかの障害を受けたときに、代謝を制御するための液性因子であるサイトカインやホルモンが放出されることによって起こる反応であり、細菌などの異物、傷ついた細胞を排除するための作用。慢性の炎症があると、たんぱく質がサイトカインの原料や細胞修復のために使われて、じわじわと消費される(P89)

 サルコペニアは、加齢、栄養障害、運動量不足、病気により起こる。がんは体内に慢性炎症がある状態なので、じわじわとタンパク質が消費され、栄養不足からサルコペニアになる(P91~92)

 がんがあると飢餓状態になってもエネルギー消費量が減らない。糖、脂肪が使い果たされてしまうと、筋肉を構成するたんぱく質がエネルギー源として使われて、サルコペニアに陥る(P92)

 

【第2章】

 黄色ブドウ球菌MRSA(メチシリン耐性ブドウ球菌)も、健常者であれば保菌していても発症することはまれ。患者の免疫機能を健常者並みに高めることが、感染症対策になる。免疫機能は栄養状態を改善することで高まる(P100~102)

(総リンパ球数)(P102~103)

正常    :1500/1m㎥~

軽度栄養障害:1500~1200/1m㎥

中度栄養障害:1200~800/1m㎥

高度栄養障害:~800/1m㎥

がん終末期 :ほとんどが500/1m㎥以下

(以下、院内感染、褥瘡、嚥下障害、呼吸障害、脳卒中心不全、慢性肝炎、慢性腎臓病、糖尿病、外傷、やけどについて略)

 

【第3章】

 高齢者は、よほど栄養に気を配っていないと、マラスムス(Marasmus:慢性的な栄養障害:長い時間をかけてエネルギーとタンパク質が欠乏した状態:PEMの一種)に陥る。タンパク質欠乏により、血中アルブミン量が低下し、水分を血管の中に保持できなくなり、腹水、浮腫を生じる(P158~159)

 外見は太っている人でも、筋肉が減り筋力や身体的機能が低下した状態(サルコペニック・オベシティ(sarcopenic obesity)になっていることがある。サルコペニアを防ぐために、たんぱく質、ビタミン、ミネラルを摂り、運動をする(P164~165)

 一酸化窒素は、血管を拡張させて、血流量を増やす。一酸化窒素は平常時はあまり作られないが、炎症が起こるとアルギニンを代謝してつくられる。一酸化窒素は、酸化の度合いが強いと、自らが二酸化窒素(有害物質)になる。アンチエイジングには、アルギニン(細胞増殖を促す)とグルタミン(アルギニンの原料)は有効(P175~176)

 

【第4章】

 栄養素が小腸にたどり着いた段階では分子が大きすぎて吸収できないので、微繊毛にある酵素が働いて消化され、粘膜から吸収できるサイズに分解され、絨毛上皮(微繊毛のある粘膜)から吸収される(P182)

 小腸から吸収されたブドウ糖は、門脈(消化管から吸収した栄養素、代謝産物を直接肝臓に運ぶ血管)を経て肝臓に入る。肝臓で栄養素を代謝・貯蔵し、有害物質を無毒化してから血液を肝静脈から心臓に戻す(P185)

 アミノ酸は構造の中に窒素分子を含むが、窒素分子が外れると糖質になるので、糖質が不足するとアミノ酸がエネルギー生産に回される(P188)

 血中のアルブミンは栄養不足で減少するので、血清アルブミン値は栄養状態の指標とされる(P197)

 

【終章】

 腸で代謝されたグルタミンはアラニンとなって門脈から肝臓に入り、肝臓で合成されてブドウ糖になる(糖新生)(P210)