代謝を上げると、もっと健康になる! 鶴見隆史著 2018年12月三笠書房刊

(目次)

はじめに 代謝を上げる 健康になるのはもちろん、見た目もどんどん若くなる!

1章 代謝を上げると、免疫、体温、体調アップ!

2章 代謝を上げると、体重、血圧、血糖が理想的にダウンする

3章 代謝を上げる食べ方、代謝を下げる食べ方

4章 酵素食、「もっと若く、もっと健康になる」食習慣

5章 「いい睡眠」「いい運動」「いい入浴」で代謝をさらに上げる!

 

【1章】

 食物酵素を毎日の食事からしっかりとることが大切で、外部酵素である食物酵素を取り入れれば、消化の働きは食物酵素が担ってくれる。その分、多くの酵素を代謝酵素に回せる。食物酵素は生野菜やフルーツ、生の魚や肉に多く含まれる(P39)

◎鶴見隆史氏が提唱する「食物酵素が生野菜、フルーツ、生の魚や肉に多く含まれる」という記述の前半(食材自体に酵素が含まれること)には生化学的な事実がありますが、それによって「体内の消化酵素が節約される」「代謝が上がって病気が治る」といった健康効果(酵素栄養学の核心部分)については、現代の医学・栄養学における科学的エビデンス(根拠)はありません。

◎鶴見氏の主張のベースにある「酵素栄養学」について、エビデンスの有無を「事実である部分」と「根拠がない(否定されている)部分」に分けて分かりやすく解説します。

◎ 科学的事実である部分(エビデンスあり):生の食材に酵素が含まれていること

すべての生物は代謝や生命維持のために内部で酵素を作っています。そのため、加熱されていない生の野菜、果物、生の肉や魚に多くの「食物酵素」が含まれているのは生化学的な事実です。

食材が「自己消化」すること:一部の果物(パイナップルやキウイなど)には強力なタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)が含まれており、肉を柔らかくしたり、胃頭での消化を一部手助けしたりする現象(自己消化)は認められています。

◎科学的根拠がない部分(エビデンスなし・現代医学で否定)現代の生化学や臨床医学において、鶴見氏らの主張(酵素栄養学)の以下の根拠は完全に否定されているか、実証されていません。

◎鶴見氏(酵素栄養学)の主張:現代医学・生化学の見解(エビデンス)口から食べた食物酵素が、そのまま体内で酵素として働く働かない(ただのアミノ酸になる)

酵素は「タンパク質」です。胃に入ると、強力な胃酸や体内の消化酵素によってバラバラに分解され、単なるアミノ酸として吸収されます。

元の酵素の形のまま体内で働くことはありません。

◎一生の間に作られる体内の酵素(潜在酵素)の量は決まっている決まっていない(必要に応じて常に合成される)

体内の酵素は、遺伝子の情報に基づいてアミノ酸を原料に日々新しく合成されています。「一生の製造限度量」があるという説は、医学の教科書には存在しません。

◎食物酵素を摂ると、体内の「消化酵素」が節約され「代謝酵素」に回せる:そのような仕組みはない

消化酵素と代謝酵素は、それぞれ全く異なる細胞で、必要に応じて独立して作られます。一方が減ったからといって、もう一方に使い回されるというデータはありません。◎なぜ「生野菜やフルーツ」で体調が良くなるのか?

鶴見氏の食事法(ローフードや生食)を実践して「体調が良くなった」「痩せた」と感じる人がいるのは事実です。

しかし、その理由は「酵素」によるものではなく、以下のような通常の栄養学的なメリットによるものと証明されています。

ビタミン・ミネラルの摂取:熱に弱いビタミンCやカリウムなどを壊さずに摂取できる

豊富な食物繊維:腸内環境が改善し、便秘解消や代謝向上につながる。

カロリー制限効果:生の食材は水分が多く咀嚼回数が増えるため、結果的に食べ過ぎを防ぎダイエットになる。

まとめ「生の食材に酵素がある」というのは事実ですが、それを食べたからといって「体内の酵素が増える・節約できる」という効果にエビデンスはありません。

生野菜やフルーツを食べることは健康に非常に良いですが、それは酵素のおかげではなく、ビタミンや食物繊維の恩恵です。

むしろ、生の肉や魚の過度な生食は寄生虫や食中毒のリスクを高めるため、現代医学では適切な加熱調理も強く推奨されています。

もし特定の健康課題(胃腸の不調やダイエットなど)の解決を目的とされている場合、どのような症状を改善したいかを教えていただければ、より科学的根拠に基づいたアプローチをご提案できます。   byGemini

◎ということで、著者の根幹部分にエビデンスがなく、読む価値なし

◎ちなみに第4章の各項目については次のとおり

◎鶴見氏の提唱する「酵素が体に効く」という理論(前述の通りエビデンスなし)は横に置いたとしても、そこで推奨されている具体的な食事行動(生食・よく噛む・発酵食品など)自体は、現代の医学・栄養学においても「非常に有益である」と強い科学的根拠(エビデンス)が認められています。

◎鶴見氏の本にあるような極端な健康法は、言われた通りにすべて実践する必要はありません。

1. 「クエン酸サイクル促進目的での酢」結論:わざわざ飲む必要はない(効果は限定的)

2. 「必須アミノ酸目的の黒酢」結論:不要。ご指摘通り「プロテイン(タンパク質)で十分」です

3. 「水を2リットル飲む」結論:ご指摘通り微妙。一律「2リットル」に根拠はない

4. 「朝の生野菜すりおろし+フルーツジュース」結論:悪くはないが「すりおろし・ジュース」にするデメリットもある科学的な事実:血糖値の急上昇リスク:フルーツをジュース(特に液体状)にすると、果糖が胃を素通りして小腸で急激に吸収されるため、血糖値が急上昇(スパイク)しやすく、脂肪がつきやすくなったり、その後に強い眠気や気分の浮き沈みを引き起こしたりします。お腹が冷える:朝一番に冷たい生野菜やフルーツを摂ると、内臓が冷えて消化機能が落ちる人もいます。改善策:ミキサーでジュースにするより、「そのままの形(固形)」でよく噛んで食べるほうが、食物繊維もしっかり摂れて血糖値も安定するため、栄養学的にははるかに有益です。  byGemini

人類帝国衰亡史 ヘンリー・ジー著 2025年9月ダイヤモンド社刊

(目次)

プロローグ

第1部 台頭

 第1章 人類という家族

 第2章 ヒト属

 第3章 横並び、生き延びた者たち

 第4章 最後に生き残った人類

第2部 凋落

 第5章 農業 最初の犠牲

 第6章 病弱で、寄生虫まみれ、感染症にも悩まされる

 第7章 崖っぷち

 第8章 崖っぷちを越えて

 第9章 崩壊の先にあるもの 

第3部 脱出

 第10章 未来への鍵を握るのは‥

 第11章 新たな一歩を踏み出す

 第12章 人類の生存領域を広げる

あとがき

注釈

訳者あとがき

 

【プロローグ】

 生物の系統は一定期間栄えた後、当然のように衰退し滅びるものだという考え方(種の老衰:直線進化)(P23)

 ある種がこの世に現れる理由は様々だが、その種が優勢になる背景には、他の生き物たちとの摩擦がある。一度頂点に達し、あらゆる競争相手を排除してしまうと、今度は地球という敵と長く、最終的には敗北する戦いを続けねばならない(仮説)(P27)

 5万年前のホモ・サピエンスは、数ある人類のひとつに過ぎなかった。2万5千年前頃、ホモ・サピエンスは、アフリカ全域とユーラシア大陸に拡がり、アメリカ大陸にも進出していた。この時点で、他の人類は姿を消していた。この瞬間から、ホモ・サピエンスの終わりは、すでに定められていた(P30~31)

 93万年前~81万年前の10万年間以上、人類は絶滅寸前の状態にあった。期間中地球上全ての繁殖可能な人類合計で、常に1280人を超えることがなかった。初期の人口の少なさが、私たちの遺伝子に痕跡を残している。遺伝子的に中身が似通っている(P37)

◎この説は有力な科学研究の仮説。現代人のゲノム(遺伝情報)を高度な統計手法で解析した結果、およそ93万年前から81万3000年前にかけての約11万7000年間、人類の祖先が急激な人口減少(ボトルネック効果)を経験し、絶滅寸前だったことは間違いない

◎90万年前に生きていたのは、現生人類(ホモ・サピエンス)ではなく、その祖先にあたる初期人類(ホモ・ハイデルベルゲンシスやホモ・エレクトスなど)。ホモ・サピエンスがアフリカに誕生するのは、それからずっと後の約30万年〜200万年前。

◎化石記録との矛盾:この期間中も、アフリカ、中国、ヨーロッパ等で初期人類の化石が見つかっている。世界中で同時に1280人まで減ったにしては、化石が広範囲で見つかりすぎている

◎地域的な孤立の可能性:全人類が減ったのではなく、後に現生人類へつながる一部の集団(数千人)だけが孤立し、他の地域の人類と交わらなくなった⇒それが遺伝子にボトルネックとして刻まれた(仮説)

統計モデルの限界:現代人のDNAのわずかな変異から100万年近く前の正確な人数を逆算する手法そのものに、まだ不確実性がある  byGemini

 現在のすべての人類は、小さな生き残り集団の子孫にあたるため、遺伝的に利用できる資源は限られている。新たな病気への対応において、立ち向かうための多様性が十分ではない(P39)

 人類の衰退が始まったのは、動植物の家畜化からだ。2万6千年前、農業の誕生だ。このときから人口が指数関数的に増え始めたが、その代償は大きかった。結核、寄生虫、糖尿病だ(P41)

◎動植物の家畜化によって、人類は指数関数的に増加したのだから、それは隆盛の始まりであって、衰退の始まりではない。「衰退」を著者はどう定義づけているのか不可解

 もっと深刻なのは、今の人類の多くが遺伝的に似通った限られた種類の作物によって養われているという事実だ(P42)

 ホモ・エレクトスは、アフリカからユーラシア全域に広がっていく中で、新しい種へと分化し、特定の環境に適応した姿を取るようになった。多様化が可能になったのはホモ・エレクトスの集団が広く分散し、個体・集団同士が出会わなくなったからだ。交流、交配の機会が断たれることで、それぞれが独自の進化の道を歩み始めた(P51)

◎著者が指摘する人類の欠陥は「現生人類の遺伝的多様性の欠如だ」。それを補うために種の多様性が必要という論理だが、その論理は間違っている

◎「人間としての遺伝子資源3(バリエーション)を豊かにする」という意味での多様性であれば、本質的に必要なものは以下の3つ。要するに時間が足りないだけだ

①時間(十分な世代交代の回数)

②巨大な人口(変異を溜めるプール)

③自由な交配(バリエーションのシャッフル)  byGemini

 

【第1部】【第1章】

 1千万年前~600万年前の間に、ある種のサルが習慣として直立歩行を始めていた。ダヌビウス(1200~1400万年前:バイエルン)は、木の枝や枝の上をよじ登るのに適応していたが、その姿勢は直立に近いものだった。木の上を歩くように、ただ枝がなくなっただけ。それが初期の直立歩行だったのかもしれない(P70~71)

 600~700万年前のサヘラントロプスの頭骨は、直立歩行していたとされる。頭骨の底にある穴が四足歩行動物は頭蓋骨の後ろにあるが、直立歩行するホミニンでは頭蓋骨の下側にある。そうすることで背骨が垂直に立ち上がっても、顔が前を向く(P73~74)

 恐竜が二足歩行できたのは、長い尾があったからだ。胴体の前方と尾が釣り合いを取り、水平に保たれていた。尾が短い鳥たちは、背骨を水平に保つために、膝を常に曲げたまま、しゃがみ込むような姿勢で歩いている(P78)

 類人猿は、サルより体が大きいため、枝の上を走ったり、枝から枝へ飛び移るのが難しくなる。そのため類人猿たちは、枝の上を歩くのではなく、枝にぶら下がったり、よじ登ったりするようになった。こうした生活様式では、直立の姿勢を取れることが利点になる。ホミニンは、木が少なくなりつつある世界に生き、祖先が尾を失っていたため、身体がサルより大きくなっていた。結果、後ろ足で立って歩くしかなかった(P80)

 二足歩行は四足歩行よりずっと不安定だ。一歩踏み出すたびに、片足だけで全身を支えることになる。その瞬間、体全体のバランスが崩れやすくなる。だから脳は、常に、身体が今どこにあるか、どの方向に向かっているのかを、正確に把握しなければならない(P82~83)

 

【第2章】

 地上で暮らし、群れで狩りをするという新しい進化の方向を決定づけたのが、ホモ・エレクトス種だ。背が高く、脚が長い彼らは長く走れた。短距離では速い獲物も、やがて暑さで力尽きる。アフリカから初めて出たホミニンも彼らだ(P90~92)

 ネアンデルタール人は、元々熱帯を好んで暮らしていたホミニンの系譜を受け継ぎながら、ユーラシア全域に広がっていった。彼らの数は少なく、行動範囲は狭く、部族同士が出会うこともまれだった。そのため血縁関係が濃くなっていき、常に絶滅の一歩手前に立たされていた(P94~95)

◎数が少なかったのはホント。ユーラシア全域にいたネアンデルタール人の総人口は、全盛期でも常に数万人程度と推定。近親交配で常に絶滅寸前だったのはウソ。シベリアなどの極端な辺境(アルタイ地方)の化石からは、激しい近親交配の痕跡が見つかっているが、ヨーロッパ西部にいた主要なグループは高い遺伝的多様性を保ち、近親交配を避けて健全に暮らしていたことが判明。彼らは孤立していたわけではなく、部族間でネットワークを作り、交流(婚姻関係の結びつきなど)を維持していた  byGemini

 

【第3章】

 人類は共通のアフリカ出身の母(イブ)にルーツを持つ。イブが唯一の女性だったわけではない。他の女性の子孫が現代まで続かなかっただけだ(P110~111)

 アフリカの外にいる現代人は、アフリカ内部の多様な人類の一枝に過ぎない(P122)

 現代アフリカ人のDNAには、まだ知られてない別のヒト属の痕跡がわずかに含まれている。割合は2%で、70万年前に現生人類の祖先と別れた。この未知のヒト属のDNAが現代アフリカ人の祖先に入り込んだのは、3万5千年前のことだ(P125)

 

【第4章】

 ホモ・サピエンスは、その存在期間の96%において、石器時代レベルの道具で生きてきた。人口が増えたことで、ひとつの発明、伝統がその時代限りで消えることなく、次の時代へと引き継がれていく。進歩を妨げていたのは、人口の少なさだ(P128~132)

 技術的な技能を次世代に受け継いでいくには、ある程度の人口が、ある程度の密度で暮らしている必要がある(P132)

 衣服のおかげで人類は北極海沿岸にまで進出できた。目当てはマンモスだ。肉、脂肪、皮、骨は、食料、道具、住居の材料となった(P141)

 

【第2部】【第5章】

 イヌも人間も社会性のある肉食動物であり、ときには死肉をあさるスカベンジャーでもある。社会構造が似ているため、人間の集団とイヌの集団が一体となって行動するのは自然な流れだったかもしれない(P151)

 狩猟採集民は、季節ごとの自然の食料を効率よく利用するため、彼らは決まったルートをたどる傾向がある。むやみにあたりをさまようようなことはしない(P153)

 最大の疑問は、狩猟採集で生きてきたホモ・サピエンスが、何故ある時期から定住生活に移って、農耕を始めたのかだ。3つの要因がある

①地球が数十万年ぶりの寒冷期を抜け出しつつあったこと⇒気候の急激な変化 

②人の数が増えた⇒狩猟生活だけでは生活が成り立たない

③野生動物が激減(P154~156)

◎①気候変動(ヤンガードリアス期の終わり)約1万1700年前、氷河期が終わり地球が温暖化:適度な降雨により、野生の麦などの植物が自生しやすい環境が整った

② 人口増加と資源の枯渇:狩猟採集の技術が向上し人口が増加:野生の動植物の供給不足⇒食料不足

③定住化の先行豊かな環境(水辺など)では、農耕を始める前から定住生活が始まっていた。移動しない生活様式が、種まきや収穫の管理(農耕)を容易にした。

④動植物の馴化(ドメスティケーション)人類が栽培・飼育しやすい種(小麦、米、羊、山羊など)を意図的に選別。野生種より収穫量や生産性が飛躍的に向上 byGemini

◎②では、「狩猟技術の向上」により「人の数が増えた」と言わないと狩猟生活からの移行が説明できない。従来と同じ狩猟生活をして、なぜ人が増えるのかを説明できていない

◎肝心なところでの不正確な記述が多すぎて、まともに読む気がしなくなった。よってこの辺りで読むのを終了

メタトレンド投資 中島聡著 2025年2月徳間書店刊

(目次)

はじめに

第1章 第3の投資手法「メタトレンド投資」とは?

第2章 「メタトレンド投資」実践のイロハ

第3章 「推し」の企業に投資する

第4章 投資判断のソース

第5章 勝ち切るためのセオリー

第6章 日本株、投資信託、金(ゴールド)、仮想通貨

おわりに

 

【はじめに】

 メタトレンドとは、メタ(高次の)とトレンド(流れ)を組み合わせた造語。メタトレンド投資とは、社会構造の激変や産業の再編、テクノロジーの秘薬的な進歩などを生み出すメタトレンド(時代の巨大なうねり)を早い段階でとらえ、しかるべき企業に投資し、その長期的な成長を狙う手法(P1)

 2001年に崩壊したドットコムバブルで大やけどした。暴落する株価に焦り、その後大躍進を遂げるAMZN株を手放した(P4)

 メタトレンドに乗り遅れてもタイムオーバーになることは稀。メタトレンドが実際に起き、多くの人がその変化に気づき始めてから投資をスタートしても遅くない(P8)

 メタトレンド投資は、10年単位。アメリカの金利政策の変更や日銀の利上げ等株価に大きな影響を与える要因であっても、ノイズにすぎなくなる(P9)

◎趣旨はいいけど、現実には難しい。長期目線で見るにしても、現実の環境が悪ければポジションを最小限に絞ってやり過ごし、回復過程を確認してからポジションを大きくしていく手法のほうが安全な気がする

 

【第1章】

 テクニカル分析には本質的な限界と矛盾がある。株価を動かすのは未来に無数に存在する不確定要素だが、テクニカル分析は、過去の価格変動しか材料にできないし、確実な攻略法なら、投資家が大挙利用し、株価は投資家の行動を反映したものになる(P23)

◎テクニカル分析が不完全な手法であることは指摘のとおり。現在時点の投資家の心理状態、ポジションの状況、トレンドを反映しているので使えるし、重要

 過去の数字だけに頼って、確実なサインを見出そうとする行為は、少し乱暴。理系的視点では、統計学を装った占いに等しい(P24)

 ファンダメンタルズ分析で将来の株価を精度高く見通すことは困難。社会を一変するような革新的イノベーションや、企業やCEOが掲げるビジョンを評価委しづらい(P25)

 短期的(数日~数か月)な株価は誰にも読めない。マクロトレンドとは、世界経済全体や特定の地域経済に広く影響する大きな潮流だが、その先行きを正確に読み切ることは困難。メタトレンドは、マクロトレンドよりさらに長期的な潮流で、10年以上の時間をかけて社会、経済、技術基盤を変える巨大な時代のうねり(P31~33)

 メタトレンドは、社会全体がどの方向に向かうのかを大局的に捉えるための概念で、このメタトレンドをなるべく早い段階で把握し、時代の大きなうねりに乗じて成長していく業界や企業をねらって投資する(P34)

 2012年トロント大学の研究チームによって開発されたAlexNet(AIモデル)の登場によりAIが使えるものになったという確信が世界中のAI研究者の間で広がった。このAlexNetの快挙を支えていたのがNVDAのGPU(P36~37)

 2012年当時はAIブームの主役はNVDAという図式は明確ではなかった。INTC、AMDがいた。2014年頃、NVDAを購入した(P39~40)

◎2013年〜2014年頃のNVIDIAはゲーム用GPU(GeForce)が絶好調で、同社の成長を牽引していた時期。2013年末から2014年初頭に、ビットコインなどの高騰により「最初のGPUマイニングブーム」が起きたが、2014年中盤にはASIC(専用機)の登場や暴落によって一度ブームが完全崩壊した。これによりGPUの在庫調整が発生。  byGemini

◎AI以外の材料で株価が動いているときに、長期目線であっても、AIを材料に買うというのは無謀かも?

 ガラケー文化になじんだ日本人にとって、iPhone登場時のインパクトは大きくなかったかもしれない。絵文字が使えず、画面タッチの操作が使いずらい等。私(著者)は、iPhoneが世界を変えると直感した。携帯電話を使てインターネットにアクセスできることはとてつもない偉業。iPhoneはガラケーとは比較できないほど優れたユーザー体験と完成度でガラケーでは太刀打ちできないと衝撃を受けた(P42~44)

 EVや自動運転等のメタトレンドには、スマホより長い時間がかかる。買い替えサイクルが5~10年とスマホの2年より長いから(P46~47)

 ChatGPTがすごいと世間やメディアで騒がれた段階で投資を始めても十分すぎる恩恵を受けた(P52)

◎メガトレンド投資は眼力が必要。長期目線で物事を見るのは当然だけど、最後のブームになってからの投資で十分じゃないかな?

 

【第2章】

 今後、メタトレンドという大きな時代のうねりに乗って飛躍的に成長していくわけだから、少額の投資から始めても大化けするチャンスは十分ある(P59)

 少額でも株を持てば、その企業のニュースや活動を自分事としてとらえられ、自然に情報のアンテナが広がる(P60)

 メタトレンドに乗りそうな企業を複数抑えておく。10~20社に少額ずつ投資し、そのうち1つがテンバガーになればいい。ウォッチ中の企業を半年~1年かけて様子見し、伸びると感じたら買い増す。ダメなら切る(P63)

 ウォッチリストは、メタトレンド投資で大きく跳ねそうな企業を見守り、買い増しや売却を判断するためのツール(P69)

 ARやVRはいずれ大きなメタトレンドになるが、現時点では決定的な兆候が見えない勝者がMETA、APPLとも言い切れない。SNAPはARグラスに注力しているが、本業のSnapchatがInstagramやTikTokに圧倒され、復活の兆しがないので買ってない(P69~71)

 自分なりに、今後間違いなく成長していくという確信が得られた段階で、一気に投資額を増やしていく(P74)

 AIは要素技術であり、自動運転、ロボット、防犯カメラ等幅広い分野に応用され、確実に到来するメタトレンドとして、ヒューマノイド(人間型ロボット)がある(P75)

 防犯カメラにもAIが搭載されるときは、NVDAの高性能GPUではなく、QCOMが成長するかもしれない(P76)

 Stripeは、ウェブサイト上でのクレジットカード決済を手軽にできるサービスを提供中(P80~81)

 

【第3章】

 私にとっての推しの代表格は、APPLとTSLA。両者の製品やサービスに強く魅了され、株式も保有してきた(P104)

 実際にiPhoneを使い始めると、その直感的で洗練されたUI/UXに驚嘆した(P105)

 投資を推し活という視点でとらえると、投資はエキサイティングで身近、心から没頭できる最高のエンタメに変わる(P108)

 推せなくなったらさっさと売る(P113)

 よく知らない業界だけど、妙に気になると感じる企業やサービスに出会ったとき、少額だけ投資をしてみる(P126)

 私が住む地域ではRivianの自動車をよく見かける。TSLA8割、Rivian2割。Rivianは赤字だけど、フォルクスワーゲンから資金調達し、ジョイントベンチャーをつくり、ソフトウェアを共同開発することまで決まった(P127~128)

 U(ユニティ)は、3Dゲーム開発で使用されているゲームエンジン(Unity)を開発、提供。近年医療、製造、建築等幅広い産業分野で活用され始めていたが、ビジネスモデルを変更し、開発者を怒らせてしまった。この時点で売却(P128~129)

 投資を検討するときは、経営者が書いた本、インタビュー記事に目を通し、考え方、リーダーシップを注意深く見る(P137)

 METAのLlamaのオープンソース化によりAIの発展を加速化したが、これはMETAを中心としたAI開発のシステムが普及するきっかけとなる(P139)

 

【第4章】

 赤字企業では、手元資金があと何年持つか、黒字企業ならPERをチェックする。

①現金及び現金同等物:手元資金。直近1年間の最終損益。手元資金/最終損益>3年ならOK

②PER20倍未満。毎年5%の利益成長を市場が予測していることになる。PER50~100倍の企業は将来の急激な成長が期待され、それが株価に織り込まれているが現在の水準と比べると明らかに割高(P148~153)

◎①は手元現金/営業キャッシュフローのほうがいいんじゃないかな?②はPER20倍は5%成長を見込んでいるわけじゃなくて、ゼロ成長でも20年間で投資を回収できるという数字のはず。5%成長はどこにも出てこない。

◎実際のところ、PER20倍未満の企業はほとんどない。あっても魅力のない企業のみ

 実際に製品やサービスを使ってみることが重要(P159)

 ダイニーは、飲食店向けにQRコードを活用した、モバイルオーダーシステムを開発・提供している企業。今後上場したら、そのシステムを導入している飲食店に足を運び、客としてサービスを体験する(P160~161)

◎モバイルオーダーシステムを提供している企業は多数あり、それ自体は薄利のようだし、客側の使い勝手というより、店側のメリット・デメリットで採否が左右されるダイニーは、ライン活用で特色があり、その評価になる

 カリスマ性とは、現実歪曲空間を生み出す能力。圧倒的な説得力の総体(P164)

 VCのような投資家は、単なる事業計画や机上の論理ではなく、経営者の人となり、ビジョン、情熱に投資する(P171)

 iPhoneやTSLAの個別スペックは、競合製品より圧倒的に優れているわけではないが、実際に製品を手に取ってみると、ユーザーを惹きつける何かがある(P176)

 WeWorkは、単なるレンタルオフィス事業ではなく、テクノロジーの力で人々に全く新しい働き方、新しいコミュニティを提供する、次世代のプラットフォーマーとして注目を浴びた。レンタルオフィス事業の本質は、不動産オーナーから長期契約で借り受けたオフィススペースを短期間で再貸出しするビジネスモデル(P182~183)

◎ビジネスモデルに新鮮さがないのに、周囲が浮かれたのが不可解

 TSLAは、2006年テスラモーターズ秘密のマスタープランを発表。第1段階で、高コストを吸収できる購買力ある富裕層向けハイエンドのスポーツカー(ロードスター)、第2段階で、4ドアファミリーカー(ModelS,ModelX)、3段階でより安価な大衆型モデル(Model3)という戦略だった(P188)

 CEOのスピーチ動画を見る(P191)

YouTubeで「企業名+CEO+Interview」「企業名+創業者+スピーチ」で検索(P193)

 Podcastの最大のメリットは、じっくり時間をかけて1つのテーマが深堀されていること。特に①レックス・フリードマンの番組。出演者が豪華、②ガイ・カワサキのRemarkable People。多種多様な分野の傑出した人々がゲスト(P206~207)

 レックス・フリードマンのPodcastはYouTubeで配信。自動字幕機能、AI翻訳技術を使う。ガイ・カワサキの番組は、Podcastアプリの文字起こし機能で、AI翻訳(P210~211)

  ウェブメディアThe Information(月額39ドル)は別格の存在。GAFAM等の経営戦略や新製品開発の舞台裏を徹底した取材に基づき、迅速かつ詳細に報道。NYTも読みごたえのある記事が多い。ブルーム・バーグも有効。有料購読契約が必要(P213~214)

 週刊Life is Beautifulは、著者のメルマガ(P214)

 論文は、要旨(アブストラクト)に目を通して大枠をつかむ程度でよい(P216)

 AIのアシスタント活用:①この記事を全文読んでと指示、②要約を依頼、③疑問点を聞く(P219~220)

 

【第5章】

 TSMCは本来推し企業だが、中国リスクが致命的な懸念材料(P253)

 経営者交代:売買のターニングポイント(P258)

 

【第6章】

 ビットコインは、デジタル金と呼ぶのは時期尚早。最近のBTC等暗号通貨は、株式市場との逆相関の関係が見られないので、株式に対するリスクヘッジ手段として力不足。少額しか持たず、増やす気もない(P272~274)

 暗号通貨は、本質的に価値を生み出す仕組みや利益を生み出す事業構造がない。売る理由がないという消極的理由で保有中(P276~277)

 ブロックチェーンはメタトレンドになりえない。日常の買い物、スマートコントラクトが実現していない。DiFi(分散型金融):仮想通貨を預け入れて高利回りを得るという実態のわからない投機的サービス。GameFi:遊ぶだけで儲かるを謳い文句(P278~279)

教養書必読100冊を1冊にまとめてみた 永井孝尚著 2023年11月KADOKAWA刊

(目次)

・書籍と時代

・はじめに

西洋哲学 Book1~21

政治・経済・社会学 Book22~39

東洋思想 Book40~57

歴史・アート・文学 Book58~73

サイエンス Book74~89

数学・エンジニアリング Book90~100

 

【はじめに】

 教養から得られる知識は、検索するかAIに聞けば速攻で得られるので学ぶ必要がない。しかし、検索するには正しく質問する必要がある。それには教養が必要だ。そのためには名著を読むことが必要だ(P9~10)

 

【西洋哲学】

Book1 ソクラテスの弁明:プラトン著:光文社古典新訳文庫

 本書は、人類が地の追求を始めた原点だ。無知の知が大事というのは間違い。自分は知らないという自覚(不知の自覚)がソクラテスの考えの根底にある。西洋哲学の概念を作ったのがソクラテスで、体系化したのがプラトンだ(P32~37) 

◎株式投資において、自分が知らないことを相手が知っている可能性を常に考えることが必要だ。自分が情報弱者たることを知ったうえで、自分の考えに沿って投資するのだ

Book2 キリスト者の自由:マルティン・ルター:岩波文庫

 レオ10世が大聖堂の建設資金目当てに贖宥状(免罪符)を発行したことを批判した書で、西洋哲学、欧米社会に流れる考え方を理解するうえで、抑えるべき1冊(P40~41)

 本書は、カトリックの権威から人々を解放し、近代が始まる契機となり、近代資本主義の原動力となった。一方でプロテスタントの考え方は、権威に服従しやすい人たちも生み出した。エーリッヒ・フロムは、自由からの逃走で、プロテスタンティズムにより絶対的な神との対峙を強いられた個人が権威主義に服従しやすくなったことを、ナチスにつながる全体主義が生まれた一要因として挙げた(P44~45)

◎歴史的意義は認められるとしても、今、私が本書を読んで何か得られるとは思えない

◎フロムはそう言ったとしても、権威主義に服従するのはプロテスタントだけじゃない。人間の本質じゃないのかな?カトリックは権威に服従してなかったの?

Book3 方法序説:デカルト:岩波文庫

 デカルトは、規則は少ない方がいいと考えて、4つの規則を作った

①明証性の原則:速断、偏見を排除。どう見ても真と認められるもの以外受け入れない

②分析の規則:難問の1つひとつを小部分に分割する

③総合性の規則:思考を最も単純なものから階段を昇るように順序だてて考える

④枚挙の規則:全体にわたって見直して、見落としがないかを確認する(P47~48)

 明証性の規則をもとに、「疑い続ける自分がいる」だけは、存在する

⇒魂としての自己の存在:哲学の第一原理

 ⇒心身二元論:精神と精神が宿る身体を分離して考える⇒大陸合理論(P50)

◎②③④は細分化して検討し、組み合わせ統合して、最後にチェックするという一連の流れを示すもので首肯できる。①は微妙だ。一応それらしきものを措定した上で、④まで進んで矛盾がなければ、「一応正しい」と仮定する程度だろう。①でいくらぎちぎち考えても仕方がない

Book4 ノヴム・オルガヌム(新機関):ベーコン:岩波文庫

 アリストテレスの三段論法を批判、帰納法を提唱する中で4つのイドラ排除を提唱

①種族のイドラ:人間の本性に根差す錯覚

②洞窟のイドラ:個人の経験だけに基づいた思い込み

③市場のイドラ:社会生活で伝聞により生じる思い

④劇場のイドラ:権威があると思っている人から影響される思い込み (P55~56)

◎著者の説明を聞いても、読んでみたいという欲求が起きないんだよね

Book5 人性論:ヒューム:中公クラシックス

 ベーコンが始めたイギリス経験論は、「人間の認識は知覚に基づく経験だ」と提唱するジョン・ロックに受け継がれ、ヒュームは、「因果関係は人間の脳内にしか存在しない単なる思い込みだ。因果関係は現実にはない」と主張した(P59)

 ナシーム・ニコラス・タレブはブラックスワンで伝えたい本質は、「現代では想定外は必ず起こる」ということだ(P62)

◎人間の認識は知覚に基づく経験だ。人間の認識から独立した外界がある。人間はそれを感覚器官を使って知覚し、脳神経がそれを再構成する。だから外界の真の姿と人が再構成した姿は異なる。しかし外界は(物理)法則によって動く。それを因果関係と呼んでも差し支えなかろう

◎ブラックスワンは、ファットテールを指摘しただけで、因果関係とは別の概念じゃないかな?どっちにしても、原著を読んで何か得られるとは思えない

Book6 純粋理性批判:イマヌエル・カント:筑摩書房

 カントの「対象が認識に従う」とは、「私たちがそれをリンゴとして認識した結果、対象のリンゴが存在している」との意味だ(P67~68)

◎量子論の匂いがするがそれはさておき、「ビッグバン以降生命の誕生までの間、宇宙は存在しなかったのか」という問いにどう答えるのだろう?

 訳者の石川氏は、別の著書(カント入門)で、「地動説を全人類が客観的事象と信じていたことが錯覚だったことを例示している。天動説により、動く太陽が動かない太陽に変わったことがその意味だ(P68)

◎この説明は不可解だ。人間の認識が間違ってただけで、外界は何も変わっていない

book7 精神現象学:G.W.F.ヘーゲル:平凡社ライブラリー

 ヘーゲル哲学は正反合の弁証法だというのは誤り。ヘーゲル弁証法の本質は否定だ。自分も相手も全身全霊で否定する。そこから新たな知を紡ぎ出す。一致点を探す(合)ではない(P72~77)

Book8 ツァラトゥストラはこう言った:ニーチェ:岩波文庫

 ニーチェは、ルサンチマン(強者への弱者の憎悪、妬み)が神を生んだと考えた。19世紀末当時の欧州は、誰も神の存在を信じていない。ルサンチマンを抱えた人間は、頼っていた神が消滅して、何を信じればいいかわからなくなった。だからニーチェは「神は死んだ。ルサンチマンを克服し、超人を目指せ」と言った(P84~85)

◎当時は「神」が善悪の基準や生きる意味の根拠だった。19世紀、科学や理性が大きく発展し、世界の仕組みが科学的に説明できるようになり、人々が神や教会の教えを盲信しなくなった。人々が心の支えを失った状態を「神は死んだ」と表現した byGemini

 ニーチェのメッセージは、「自分らしく本気で生きようぜ」だ。超人に至る3段階

①ラクダ:自分の意志で重い荷物を背負い、高い目標に挑戦し、忍耐強く成長を目指す

②獅子:成長して出会う様々な壁と闘う

③幼子:幼子のように夢中になってやりたいことに取り組む

⇒この3段階を経て超人に達する。超人の先にあるのが永遠回帰

⇒永遠回帰は、細部まで完璧に同じ人生を無限にやり直し続けることの是認(P86~88)

◎永遠回帰:完璧を求めたら疲れるんじゃないかな?楽しく生きればいいじゃん

Book9 プラグマティズム:W・ジェイムズ:岩波文庫

 プラグマティズムは、米国全体で共有できる価値観を生み出すことを目的とした。

①科学と宗教の衝突:キリスト教は「神が人間をつくった」と教える

②南北戦争:北部と南部の価値観の違いを戦争により解消

⇒実際にどんな違いが出るかを検証し、違いがなければ切り捨てる(P90~92)

 現在の真理は、真理の近似値だ。真理は常に見直されるものだ(P92)

◎これは、プラグマティズムかもしれないが、科学の根本原理でもある

 真理の判定基準は、有用か否かだ。役立つものが真理だ。だから神学的観念も具体的価値があれば真理と考える。神を真摯に信じるものが強く生きる力を与えられているのなら、神も真理。だから科学を信じる米国人は、日曜に礼拝す(P94)

 何が役に立つかは人によって違う。だから真理は人の数だけある。プラグマティズムは、社会全体で共有すべき普遍的な倫理をあまり考えない(P94~95)

 真理は大部分が一種の信用組織によってできている。1万円札は紙切れだが、ほとんどの人たちは1万円の価値があると信用している(P94)

◎この部分は共同幻想の話であって、プラグマティズムで説明すべきことではない

Book10 精神分析入門:フロイト:中公クラシックス

 無意識の世界は初めて科学的に解明された(P96)

◎「科学的」かな?フロイトの主張は物質的な根拠に基づいていない?単なる仮説

Book11 現象学の理念:エドムント・フッサール:みすず書房

 主観と客観の一致は、自然科学では原則だが、人文科学では難しい。フッサールは、主観と客観という分け方、主観と客観の対立という図式をやめ、主観の世界だけで考えることを提唱。「このコーヒーが美味しい」という直感に集中して考えれば、直観に隠された本質を抽出し、真実の一部に迫れる(P104~105)

Book12:存在と時間:ハイデガー:中公クラシックス

 西洋社会で絶対だった神は死んだ。ハイデガーは、神の代わりに万人が対峙せざるを得ない死を置き、宗教的行為の代わりに本来的な生き方をするという死の先駆を置き、宗教色を抜いた。死生観で哲学を再定義し、あらゆる人が共有できるようにした(P114)

 本書のテーマは、存在するとはどんな意味かだったが、下巻で書かれる予定だったが刊行されなかった。執筆直前に「人間存在の分析」を思いついて、先に書き上げたところ、本論と話がつながらずに続稿が不可能になり、下巻が刊行されなかった。その後ハイデガーはナチスに接近、傾倒した(P114~115)

◎前文はともかく、ナチスに傾倒したような奴の話をわざわざ聞く価値があるか?

Book13 論理哲学論考:ウィトゲンシュタイン:岩波文庫

 語りえないことは沈黙しなければならない。言語は論理空間(事柄)を言葉で写し取ったもの(写像)。世界の事柄を言葉で表現したものを命題(真偽を判定できる言葉:対象?)という。要素命題(単一の命題)を論理結合子(not,and,or,if)でつなげて複合命題にすると、真理関数(真偽が決まる)になる(語り得る)。倫理や神の世界は語れないが、語れないことが大事で、答えが出せない部分(真偽不明な部分)に集中し、自分なりの答えを出すことが、答えなき問いへの問題解決だ。大事なことは、問いを突き詰めて考え抜いた「語り得ないこと」にある(P116~120)

◎要するに、真偽不明な部分を考えに考え抜いて、自分なりの答えを出せってこと?面倒臭いこと言うねぇ

Book14 自由からの逃走:エーリッヒ・フロム:現代社会科学選書

 1918年ドイツ革命で帝政、君主制を廃止。議会制民主主義の共和制を実現し、人々は自由を手に入れた。しかし君主や皇帝がいなくなり、国家への信頼を失った。超インフレで中産階級を中心に、ドイツ国民は何を信頼すべきか迷い始め、孤独と不満を感じ始めた。この機に乗じてナチスが台頭した(P124)

 16世紀の宗教改革で、ドイツではカトリック教会の権威から解放されたが、個人が教会を経由せずに圧倒的な神と対峙することになり、権威に服従しやすい人間が生まれ、消極的自由から逃走した。消極的自由から逃走する人の行動は、①権威主義、②破壊性(外部方向、内部方向)、③機械的画一化   (P125~126)

◎何度も言うが、神と対峙したから権威主義に走ったのではない。権威主義に走るのは人間の本性だ。神、教会という権威に従っていたのも人間だ

Book15 夜と霧:ヴィクトール・E・フランクル:みすず書房

 ナチスの強制収容所の実態を描いた本書は極限状況での人間の本質を描いた(P128)

◎おぞましい実態をわざわざ知りたくはない。不愉快になるだけだ

Book16:エルサレムのアイヒマン:ハンナ・アーレント:みすず書房

 ユダヤ人大量虐殺の主犯格アイヒマンのエルサレムでの裁判の傍聴し、アーレントがまとめた報告書。アイヒマンの主張を真に受けて平凡な男が組織的犯罪に手を染めた」との理解をした。裁判中のアイヒマンは演技で、裁判官やアーレントは騙されていたと主張する本(エルサレム以前のアイヒマン:ベッティーナ・シュタングネト著2011年みすず書房刊)がある(P134~139)

◎悪党の演技を見抜けないような眼力のない甘党の人間の著書を読む価値があるのか?

Book17:実存主義とは何か:J:P:サルトル:人文書院

 18世紀まで:神が人間をつくったことを前提に神が考えた人間の本質は何かを考えた

⇔実存主義は、実存は本質に先立つという思想

 ⇒無神論者(ニーチェ、ハイデガー、サルトル)の実存主義では、神はいない

 ⇒人間は本質を決められないまま、世界に存在している

 ⇒自分の本質を定義するのは自分自身だ

 ⇒主体的に自らを生きよ   (P142~145)

◎前半は同意。「人間は偶然に生じた」は事実。後半の生き方は、サルトルの主張(好み、嗜好)であって、何らの客観的根拠はない

Book18:野生の思考:クロード・レヴィ=ストロース:みすず書房

 構造主義とは、人は社会の構造に染まり、その社会に適合した価値観や考え方を身につけるという考え方

⇒現代人:歴史は進化・発展を続けると考える(科学的思考:熱い社会)

 ⇔新石器時代以来1万年間:今の社会を安定させて継続することが大事(冷たい社会)(P149~152)

 野生の思考:集団の維持としきたりが大事

⇔サルトル:人間は自由、歴史の進歩に貢献。正しい歴史づくりに参加すべき(P153)

◎どっちもどっちじゃね?実存主義の前段部分は正しいし、構造主義の前段も正しい。人間は、自分がいる釈迦構造の枠組みの中で生きているのはそのとおり。だからといって集団全体の維持としきたりに絶対服従せよと言ってしまえば、それはストロースの趣味に過ぎない

Book19:全体性と無限:レヴィナス:岩波文庫

 殺すとは支配ではなく無化することで、理解を絶対に断念することだ。他者は、私が殺すことを欲しうるただ1つの存在だ。「他者は理解できる、社会で一体化しようという」という考えは、全体主義の出発点になりうる危険な考えだ。自分は他者を理解できていないと考え、対話を通じて他者を理解しようと努力することが大切だ(P159~161)

◎本当は他者を理解できていないというのは事実。後は、それぞれの嗜好の問題

Book20:監獄の誕生:ミシェル・フーコー:新潮社

 現代社会の権力支配構造に私たちは気づいていない。各時代には独特の知の枠組みがある。公開処刑が消滅したのは、権力者がより効率的な刑罰の方法を発見したからであって、近代社会になり人間性が尊重されるようになった結果ではない。監獄は、①配分(個人ごとの場所、序列)、②活動(時間割、定型作業、訓練)、③段階的な教育、④組み立て(人間を取り換え可能な歯車にして、適宜組み合わせる)で、学校、会社組織と同じ。(P162~165)

 囚人が監視されていると思うことがポイント。一望監視施設は、一般化が可能な1つの作用モデルとして理解されなければならない(超パノプティコン)(P166)

◎まぁ、そういう見方は可能でしょうね。だから何?ってところはあるけど

Book21:なぜ世界は存在しないのか:マルクス・ガブリエル:講談社選書メチェ

 現代哲学は、①形而上学(世界はどのように存在するか、世界の真理追求)、②構築主義(構造主義:世界には唯一の真実は存在しない:個々人にとっての真実が構築される)の2つの潮流があるが、行き詰っている。①はナチスを生み、②は解決策を示さない無責任な思想(P169)

 新しい実在論では、1つの真実を考え抜いた後で、個人の考えも受け入れる(P170)

 新しい実在論では、世界は存在しない。宇宙には、国家等実態がないものが多い。宇宙は、自然科学で解明できる、ごく限定された領域に過ぎない。これらすべてを網羅する世界は存在しない。○○が存在すると言えるのは、○○がどこかの意味の場に現れるからで、世界はすべての事象、対象を含んでいるので、世界が存在するとしたら、その世界はどこかの意味の場に現れている。その瞬間、その世界はより大きな意味の場を含んでいない。だからその世界はすべての事象、対象を含む世界とは言えない(P171~172)

◎アキレスの矢みたいな屁理屈。言葉遊びをしたけりゃどうぞ!読む価値なし

◎物質の世界と共同幻想の世界をごちゃまぜにして議論してはいけないね

 

【政治・経済・社会】

Book22:政治学:アリストテレス:京都大学学術出版会

 消去法で考えると、最も腐敗しにくいのが民主制(P181)

◎まぁそういうことだね。それでも腐敗するけど

Book23:統治二論:ジョン・ロック:岩波文庫

 王権神授説を否定。立法と執行の分離(P183~186)

 民主主義の原点は、あらゆる人は生まれながらにして自由で平等(P187)

◎後文は、自由、平等であらしめよ(方向性)であって、である(存在)ではない

Book24:社会契約論:ルソー:光文社古典新訳文庫

 代議士性を提唱したロックを批判、人民主権の理想像(一般意志に従った直接民主制)を提唱。一般意志とは、個人が自由な意志を持つように組織が1つの精神的存在として持つ意志のこと。A社の幹部が異論を出し合って議論しない限り、A社の一般意志は決まらない(P188~190)

 自由なのは議会の議員を選挙する間だけで、選挙が終われば人民は奴隷だ(P192)

 ルソーは、①非常に小さい国家で、人民が集会を開け、互いに知り合いになれること②人民の習慣が素朴で、議論をせずに多くの事務処理ができる、③地位、財産がほぼ平等を理想の政治(真の民主制)を実現する条件とした(P192~193)

◎議論すれば解決するという考え方は間違い。価値観、目的が異なれば、結論も異なる。いくら議論しても価値観の異なる者同士の意見が収束することはない

◎直接民主制でできるほど小さい国は、外敵への抵抗力がなく、機能を果たせない

Book25:コモン・センス:トーマス・ペイン:岩波文庫

 植民地根性の米国人民の考えを一変させた歴史的小冊子。①支配されたら抵抗せよ、②和解は最悪、独立の一択、③今やるなら共和制を主張。(P194~196)

◎間違ってないけど、読む価値ある?

Book26:自由論:ミル:光文社古典新訳文庫

 自由を起点に考えれば、問題解決の糸口が見えてくる。新たな真理は、必ず少数派から始まる。(P198~200)

◎後文はそのとおりだが、大事なのは、多数の少数意見のうち何が真実か、何が今後多数派を形成するかを見極めること。少数意見のほとんどは少数意見のままor消滅する

 本書は、リベラリズム(自由主義)、リバタリアニズム(自由至上主義:国家干渉に対し個人の権利を強く主張)に大きな影響を与えた(P203)

Book27:国富論:アダム・スミス:日本経済新聞出版

 国富論は、市場で利己的に行動すれば、適正価格が決まる「見えざる手」が書いてある本だというのは、アダム・スミスの意図とは違う。①分業の圧倒的な威力、②競争による公正な利益の範囲に落ち着く、③自由市場では最適価格で均衡するから市場に任せよう、と言った。スミスは、市場の自由競争の大切さを訴えたのであって、利己主義で自由奔放にすればいいとは言っていない(P204~208)

◎同じことじゃないかな?自由奔放に行動することを評価をしてないけど、規制すべきとは言ってない。自由奔放な行動を前提に、いずれ均衡するから支障ないという考え

 スミスの思想では、利己心、共感、社会道徳は常に一体化している。正義に反しない活動は、言うまでもない大前提だ。だから利己的‥‥は、勘違いだ(P208)

◎それを確認するために読むほどじゃないってとこか?

 哲学思想をもとに、統治者がいかに公正な正義を実現するかを考えるのが政治学、市場の仕組みで公正な正義を実現するかを考えるのが経済学だ。アプローチは違うが、両者が目指すところは同じ公正な正義だ(P211)

◎ホントですか!政治学は知らないが、経済学は、経済の動きを法則化して可視化するのが経済学だと思ってた。著者の考える経済学は哲学だったんだね。科学じゃないんだ

Book28:資本論:マルクス:岩波文庫

 私たちは資本主義は万能だと思っているが、本書を読めば資本主義の限界と矛盾が理解できる(P212)

◎資本主義が万能なんて誰が考えてるのさ。馬鹿にするのもいい加減にしなよって感じ

 マルクスは、唯物弁証法を駆使して、社会の生産力が変わると、支配者と被支配者間の階級闘争を通じて、社会が変革される、という唯物史観の思想を確立した(P213)

 社会は、生産力が向上すると、原始共同体(単純農法)→奴隷制・封建制(大規模農法)→資本主義(工業化)と進化してきた。物質的な生産力の進化によって、法律や政治などの社会の上部構造も変わるというのが唯物史観だ(P213)

 当時、産業革命で登場した資本家階級が、労働者階級を搾取していた。マルクスは、この搾取の対立は、階級闘争を通じて新たな社会に進化すると考え、資本主義の仕組みを解明しようとした(P213)

 マルクスは、商品の価値はつくるのに費やした労働量で決まり(労働価値説)、商品の価値には使用価値(欲望を満たすもの)と交換価値(他の商品と交換できる価値)があるとした。

◎労働価値説における「価値」とは、交換価値(およびその本質である「価値」)を指す。マルクス経済学などの労働価値説では、商品の持つ性質を以下のように明確に区別して定義 ⇒ 3つの概念の定義:

①使用価値(Use-value)人の欲求を満たす物質的な有用性(例:服が体を温める、パンが空腹を満たす)。労働の量ではなく、物の自然な性質や品質によって決まる。

②交換価値(Exchange-value)ある商品が、他の商品と交換される際の割合(例:服1着=パン10個)。市場で売買されるときの具体的な比率として現れる。

③価値(Value)交換価値の根底にある、商品に共通する「社会的な実体」。労働価値説では、この実体こそが商品を作るために費やされた「人間の労働量(社会的な必要労働時間)」であると主張する。

結論としての位置づけ:労働価値説が「労働量が価値を決める」と言うとき、それは交換価値の大きさを決定する普遍的な基準(=価値)のことを言う。どれだけ多くの労働を費やして作られたものであっても、誰の役にも立たないもの(使用価値がないもの)は、市場で交換価値を持つことはできない。使用価値があることを前提として、その交換価値の大きさが労働量によって決まるという論理構造  byGemini

 資本主義の正体は、資本家が、お金からお金を生み資本を増やすGWGプロセスにある

G:Geld:貨幣 W:Ware:商品(労働者の労働力もW) ⇒WGW:一般消費者の行動

 賃金(交換価値)に見合う労働時間が必要労働時間。これを上回る余剰労働時間が資本家の儲け。当局による労働時間上限があるときは、技術導入で労働力投入減=生産力向上⇒相対的剰余価値。技術は、相対的剰余価値を高めて資本家を豊かにし、労働者の価値(1小品当たりの労働量)を下げるとマルクスは考えた。こうして、マルクスは、資本家が労働力の商品化によって、労働者を搾取(剰余価値を搾取)して儲ける資本主義の構造を解明した。資本主義社会は、常に効率化し続けて、資本家の利益を追求し続ける。商品価格が下がり、同時に労働の価値も下がる(P215~217)

◎価値=費やした労働量という数式が問題なのだろう。労働の質は考えないのか?資本主義以前の社会でも、職人の腕(技量)の差はあったはずで、それを同じだというのは強引すぎるし、明らかに誤りだろう

Book29:プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神:マックス・ウェーバー:岩波文庫

 信用を重視する近代の資本主義精神は、プロテスタントのように禁欲的で金儲けを嫌う思想の縛りがある地域で生まれ、そうでない地域では生まれなかった(P221)

 神が与えた使命を果たすために仕事に励むのがプロテスタント的な生き方。自分は選ばれた人間と確信するために、日々の仕事を神が与えた天職と考えて励む(P222~223)

Book30:自殺論:デュルケーム:中公文庫

 デュルケームは、統計データをもとに集団の意識を実証的に洞察する。個人が集まると、社会は新しい性質を獲得する。(P226~227)

 自殺は、社会的要因であり、4つに分類できる。①自己本位的自殺、②集団本位自殺、アノミー的自殺、宿命的自殺(P228~229)

◎どうでもいいテーマ、興味なし

Book31:贈与論:マルセル・モース:ちくま学芸文庫

 長年人類は、贈る、贈られるの贈与経済の中で、社会を成り立たせてきた。この贈与経済から脱して、貨幣経済が主流になったのは近代になってから(P230)

 贈り物が延々と続き、相手が降参するまでやる。そして最悪、破壊に至る(P232) 

 現代のデジタル社会では、複製コストはゼロ。多くの人が使えば提供したデジタル材の価値が爆発的に増殖する。本書が提唱する贈与経済は、デジタル社会になった今こそ、大きな意味をもっている(P235)

◎同じ贈与という言葉を使っても、その文脈は全然違うんじゃないかな。こんなものを持ち出す必要はない

Book32:雇用、利子、お金の一般理論:ジョン・メイナード・ケインズ:講談社学術文庫

 ケインズは、古典派経済学は、完全雇用という状況下の特殊理論に過ぎないと考えたので「一般理論」。ケインズ理論は、1970年代のスタグフレーション時には効力を失い、ミルトン・フリードマンの新自由主義に譲った。2008年の世界金融危機では、フリードマンの経済理論が無力で、古いケインズ理論が復活した(P237~241)

Book33:資本主義と自由:ミルトン・フリードマン:日経BPクラシックス

 フリードマンは、政府の介入を最小限にして個人の自由を最大化することが、公正で豊かな社会をつくると考えた。経済学は公正な経済の配分、政治学は公正な社会の正義とは何かが大きなテーマだ。1973年のスタグフレーションに対し、フリードマン思想が注目された。公共事業はNG、民間に自由にやらせ、市場の調整に任せなさい。規制緩和、民営化、減税だ(P242~243)

 サッチャー、レーガンが頼ったのが、フリードマンの理論で、民営化、福祉・公共サービス縮小、規制緩和、所得税・法人税の減税等の政策を推進した。フリードマンの思想は新自由主義と呼ばれ、1970年代後半~21世紀初めまで、世界経済はフリードマン思想で回っていた(P243)

 フリードマン思想を徹底的に進めると、市場の失敗が積み重なる。その結果が2008年の世界金融危機だ。ブッシュは金融恐慌が起こるのを食い止めるべく、破綻寸前の米保険最大手AIGを国有化、FRBが850億ドルを緊急融資でケインズ理論が復活した(P248) 

Book34:メディア論:M・マクルーハン:みすず書房

 メディアはメッセージである。人間社会を変えてきたのはメディアだ。私たちは中身のメッセージにとらわれがちだが、メディアそのものもメッセージを持っているので、その本質を見極めることが大事(P350~351)

 熱いメディアはラジオ。耳から入る音声は聴感覚を支配する。冷たいメディアはテレビ。感覚全てを支配するほどの情報量がない。仮想現実(VR)やメタバースは全感覚を支配する異次元の熱いメディアだ(P252~253)

Book35:消費社会の神話と構造:ジャン・ボードリヤール:紀伊國屋書店

 20世紀後半になって、生産中心の社会から消費社会に変わり、消費社会の社会構造がどう変わったのかを解明しようとした(P254)

 ロレックスが売れるのは、成功した自分に相応しいのはロレックスと考える人が買うからだ(P255)

◎ブランドは、どれも同じ構造だ。茶の湯の碗だって同じこと。碗の価値を知ってるわけじゃない。価値が高いと値付けされたから高いのだ

Book36:管理される心:A.R.ホックシールド:世界思想社

 感情労働(デパ地下の店員の笑顔)が人の心を商品に変える。表層演技:役を演じる⇔深層演技:演じるのでなくなり切る(P260~262)

Book37:正議論:ジョン・ロールズ:紀伊國屋書店

 人類にとって普遍的で公正な正義とは何かを考えた書。すべての人に自由と平等、公正な機会を与えた上で生じた格差は是正し、基本材の公正な分配を目指す福祉国家的な自由主義=リベラリズムを主張(P266~268)

◎客観的な正義という概念は存在しない。正義とは選択された価値観であり、要は、何が好きかということ。客観性などない

Book38:歴史の終わり:フランシス・フクヤマ:三笠書房

 人間社会の政治形態で勝利を収めるのは自由主義という仮説。マクロの視点で歴史を考えると、自由民主主義のほうが持続性があるとの主張。自由民主主義の方向に歴史が進化することが明確になったようだとの主張。(P272~277)

◎自由民主主義のほうが持続性があるとしても、歴史がその方向に動くとは限らない。AIとドローンで武装した専制国家に民主主義国家が敗退する可能性は十分にある。そして一たび専制国家が成立したら、内部改革はほぼ不可能なことは北朝鮮を見ればわかる

Book34:正義のアイデア:アマルティゼ・セン:明石書店

 最高の正義を考えず、マシな方を選べと主張。(P282)

 

国道16号線 柳瀬博一著 2020年11月新潮社刊

(目次)

はじめに

第1章 なにしろ日本最強の郊外道路

第2章 16号線は地形である

第3章 戦後日本音楽のゆりかご

第4章 消された16号線 日本史の教科書と家康の「罠」

第5章 カイコとモスラと皇后と16号線

第6章 未来の子どもとポケモンが育つ道

あとがき

16号線をもっと知るためのリスト

 

【第1章】

 国道16号線の出発点は、三浦半島、神奈川県横須賀市走水だ。三笠公園、日産自動車工場がある追浜、横浜の金沢八景、ユーミンが歌ったドルフィンが今も建つ根岸の丘を経て、黄金町、伊勢佐木町の脇を通り、関内、桜木町を過ぎ、高島町で国道1号線と交差し、神奈川内陸部へ突入する。横浜新道の陸橋をくぐり、横浜町田インターチェンジを過ぎ、町田市に入る。国道242号線を渡り、神奈川大和市をかすめ、東京町田と神奈川相模原の間を進む。橋本駅前を通り過ぎ、八王子市街地をジグザグに走り、多摩川を渡り、昭島市、福生市、横田基地、羽村市を通り、八高線の陸橋をくぐり、瑞穂町を過ぎると、埼玉県入間市にさしかかる。台地を登ると川越市。河川敷の向こうはさいたま市のある大宮台地。上尾市を経て春日部市にかかる。白井市、船橋市、八千代市を抜け、千葉市に入り丘陵地を下り、穴川で京葉道路と並ぶ。蘇我で京葉道路と別れ、東京湾の海沿いに出る。市原市から南下し、木更津、君津市、富津市に至る(P17~20)

 1854年、江戸幕府が日米和親条約に調印。1858年日米通商条約締結を経て、横浜で貿易が始まった。米欧から綿製品が輸入され、日本の国内経済が押される中、救世主=蚕が現れた。八王子は、機織業が盛んで、背後に養蚕地(山梨、長野)を控えた。八王子に各地の生糸が集積し、輸出拠点の横浜に運ばれ、世界中に輸出された(P26~27)

 1911年、埼玉所沢に日本初の陸軍飛行場がつくられ、柏飛行場、入間の航空士官学校、福生の多摩飛行場、立川飛行場、座間の相武台士官学校等の航空関係の陸軍施設が配備された(P28)

 第二次世界大戦敗北後、横須賀、横浜、相模原、八王子、福生、入間、柏の旧日本陸軍施設は、進駐軍=GHQに接収され、多くが米軍基地となった(P28)

◎八王子にある旧日本陸軍の関連施設は「浅川地下壕」と「東京陸軍幼年学校」の2つ

◎浅川地下壕(あさかわちかごう)は、太平洋戦争末期に旧陸軍が掘った、総延長約10㎞の巨大地下要塞跡。陸軍の「備蓄倉庫」として着工されたが、1944年11月に武蔵野市の中島飛行機工場が空襲で破壊。急きょ軍用機エンジンの地下生産工場に計画変更

◎東京陸軍幼年学校(建武台)は、1945年8月2日、八王子空襲により3万発以上の焼夷弾攻撃を受け、校舎はほぼ全焼。現在「長房団地」  以上byGemini

 東京環状線は、1923年関東大震災後、後藤新平(前東京市長)が内務大臣に就任し、帝都復興計画を牽引。放射線状に伸びる幹線道路と同心円状に広がる8つの環状道路を組み合わせる道路整備を提案。1927年、大東京都市計画道路網(道路整備計画)。

①内堀通り、②外堀通り、③外苑東通り、④外苑西通り、⑤明治通り、⑥環状6号線(山手通り)、⑦環状7号線、⑧環状8号線(P30)

 戦後高度成長期に、人口増大、人々の移動量、商業物流が伸び、郊外にニュータウンが造成され、首都圏の交通、物流のニーズに応えるべく、1963年、16号線が環状道路として施行された(P30)

 1990年連載開始のクレヨンしんちゃんの野原家は、バブル期に春日部に移り住んだ。ひろしは、東京日本橋のアクション商事に通勤。自家用車を持つ(サザエさん(1950年代:世田谷区桜新町)、ドラえもん(1970年代:練馬区桜台)の家にはない)(P34)

 1990年代にさしかかり、首都圏サラリーマンの住まいが16号線沿いの郊外に移ると、自家用車が生活必需品になった。日本のモータリゼーションは、1965~70年のイザナミ景気、新3C(車、クーラー、カラーテレビ)に端を発する(P35~36)

 そごうは、1960年代から大型商業施設を16号線沿いに積極展開し、ダイエーも1969年、16号線近くの東京町田駅前に首都圏1号店を出店した。90年代のバブル崩壊で潰えた(P37~38) 

 1990年代以降、本格的なモータリゼーションが到来。バブル崩壊以降、郊外に進出した商業施設は、大型駐車場、低層でフロア面積が広い(P43)

 東京都心を起点とする郊外の都市開発は、全てターミナル駅から伸びる鉄道会社の戦略が織り込まれている。鉄道の延伸と不動産、流通業の開発を同時に行う手法は、阪急グループの小林一三が関西で成功したもので、東京では渋沢栄一が田園都市㈱を設立し、田園調布をはじめ郊外住宅の開発と東急電鉄の延伸がセットで行われ、各鉄道会社はそれに倣った(P44~45)

 相模原市古淵は、16号線沿いの郊外消費の最前線で、1993年8月、イトーヨーカドーとジャスコ(現イオン)が同時オープンした。その前にディスカウント業態(トイザらス、ブックオフ)が進出していた(P46~48)

 海外の流通業(コストコ、IKEA)が本格的に日本進出したのは90年代後半からだ。高級消費財ビジネスの主役も、郊外では百貨店から、モータリゼーションとディスカウントを売り物にしたアウトレットモールへ(ららぽーと、三井アウトレットパーク)と交代した(P48~50)

 アミューズメント施設と動物園、水族館も16号線に多い(P52)

 1966年に開発が始まった多摩ニュータウンでは、65歳以上の高齢化率が4割を超える団地もある。一方、2000年代には都心の工場跡地、倉庫跡地、埋立地に超高層マンションが建設された。豊洲等の東京湾岸沿いや武蔵小杉マンション群(NEC玉川事業場、富士通川崎工場、東京機械製作所玉川製造所、サントリー武蔵小杉グランド、不二サッシ工場)が典型で、結果、都心回帰現象が起きており、16号線エリアも同じだ(P54)

 

【第2章】

 山、谷、湿原、水辺のセットの地形は、台地や丘陵の端にできた小流域地形で、これとリアス式海岸が揃った横須賀の地形が、日本の海軍基地を生み落とし、米軍基地を呼び寄せた。(P59~60)

 江戸時代初期に、利根川と荒川の流路を変えて東西に振り分けた(利根川東遷、荒川西遷)。河川改修に当たったのは伊奈一族。2006年、春日部市の16号線の地下に地下放水路(首都圏外郭放水路:地下神殿)が完成(P61~62)

 大学、城、貝塚、石器が16号線上にある。4枚の図は、著者がプロットしたもので、実際には、都心や16号線外側にも遺跡、古城、大学は存在する。16号線エリアに遺跡等があることを見せるのが目的で掲載(P63~66)

◎酷い話だ。16号線にも他の地域にもあるということなら、16号線の話として紹介するのはおかしい。読む気が失せた

 巨大な一級河川の氾濫原を田にしようとすると、大掛かりな治水技術と大量の人手が必要になる。個人や小さな村単位では無理だ。古代の稲作は、小網代(三浦半島)のような小流域に手を入れて、棚田をつくるところから始まったはずだ(P71)

 海沿いの小流域は、稲作ができる一方で、河口にできた干潟や磯で魚介類も採集できる。斜面林を活用すれば燃料の薪も豊富にある。谷の奥に行けば源流もある。小流域は小集団が暮らすのに適した場所だ(P71~72)

 小網代と似たような条件を備えた小流域が、三浦半島、房総半島、東京湾の海岸沿いに並んでいる。古代人が暮らしやすい場所=小流域が並んでいたのが16号線だ(P72)

◎だから16号線が日本を創ったというのは言い過ぎだろう。その時代、集団の規模に適した場所を選んだということなのでは?古代人は小集団に適した場所を選んだだけ

 旧石器時代から縄文時代にかけて、16号線エリアの東京湾を取り囲んだ丘陵地帯の縁にたくさんの人々が暮らしていたのは、旧石器時代と縄文時代草創期の遺跡・文化層の分布図(日本旧石器学会作成)に明らか(P77)

◎確かに、関東平野特に東京湾周辺の広がりは、大阪湾、名古屋周辺、博多、佐世保、長崎、熊本より圧倒的に大きい。縄文時代は大陸文化が来てないから、地理的条件だけで人々が集まったということだろう

 3世紀半ばから6世紀半ばの古墳時代は、大和朝廷の成立時代であり、巨大な前方後円墳に象徴される近畿地方が日本の文明の中心となる。一方、関東にも古墳はあり、16号線エリアの外周部に巨大古墳が発見されている(P78)

 稲荷山古墳(400年代後半:埼玉古墳群)は、仁徳天皇陵(400年代前半~中頃)のある百舌鳥古墳群とほぼ同時代だ(P78~79)

◎稲荷山古墳(いなりやまこふん、埼玉稲荷山古墳)は、埼玉県行田市にある5世紀後半(古墳時代中期)に築造された前方後円墳です。1968年の発掘調査の際、後円部の埋葬施設から国宝「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」が発見。1978年の保存修理の過程で、鉄剣の表裏に115文字の金象嵌(金を埋め込んだ文字)の銘文が刻まれていることが判明。ワカタケル大王(雄略天皇)の記載: 銘文中に「獲加多支鹵大王(ワカタケルオオキミ)」の文字があり、これが『古事記』『日本書紀』に登場する雄略天皇を指すことが確実視。 鉄剣の持ち主である「乎獲居臣(オワケノオミ)」が、代々ワカタケル大王の親衛隊長(杖刀人首)として仕えた系譜が記されている。5世紀後半には大和王権の支配力が関東地方(武蔵国)に及んでいたことが証明された。byGemini

 小流域地形自体は、16号線エリアの専売特許ではなく、日本列島では珍しくない。小流域が日本の文明や文化の形を創ったのは前提として、そのうえで16号線が日本の文化と文明を規定したという仮説が成立するには、別の要素が必要だ(P85)

 このエリアには、他の地域にはないユニークな特徴が2つある。①2つの半島(三浦半島、房総半島)、②複数の台地(P85)

◎そもそも間違った仮説だ。江戸時代以前は、文化の中心ではなかった

 16号線エリアの地形は、プレートの移動と衝突、海面の上昇と低下、火山の爆発と火山灰でできた。小流域がつながり、台地が点在し、その間を大きな川が流れ、巨大な湾を形成し、リアス式の半島が太平洋に突き出す。以上の地理的条件が揃っていなかったら旧石器時代からの人々の暮らしはなく、武士の台頭もなく、鎌倉幕府も江戸幕府もなく、貿易港横浜も軍港横須賀もない。日本軍の航空基地もなく米軍基地もなかった。今の音楽も映画も文化も経済も、東京もなかったかもしれない(P95~96)

◎その理屈ならなんでもそうだ

 

【第3章】

 第二次大戦後、日本のジャズを作った人々、芸能プロダクション創業者、歌謡界のトップ歌手、グループサウンズのアイドルが、16号線エリアから音楽人生を始めた(P97)

 16号線エリアには、米軍基地が連なり、洋楽をはじめとする米国文化の発祥地となった。日本人ミュージシャンは、進駐軍クラブや米軍キャンプで日銭を稼ぎながら腕を磨いた(P102)

 

【第4章】

 歴史を遡ると16号線が通る埼玉や千葉は東京都心より賑わっていた時代が長かった。旧石器時代から人々が暮らし、縄文時代の千葉には貝塚が集積し、埼玉には関東有数の古墳があった。なのに一般的には東京が都会で、埼玉、千葉は郊外の田舎と思われている(P136)

 私たちは、関東が賑わうようになったのは、家康の江戸城入りからで、江戸を中心に首都圏が発達したような気がしている。家康以前、江戸は都市だった。徳川家によって繁栄した江戸というイメージを高めるため、以前の江戸を寂しく描いた。(P136,142)

 道灌は、環状道路の16号線と中心の江戸、という首都圏の地理的な条件を可視化し、政治と経済の権力の仕組みを具現化した(P144)

◎著者の主張は、「埼玉、千葉が東京都心より賑わっていた時代が長く、田舎じゃない」というところに主眼があるはずだが、いつの間にか、道灌の時代から東京が中心だと言っているように見える。ちなみに東京の都市化レベルは次のとおり

◎齋藤慎一氏は、鎌倉大道という広域交通ネットワークの拠点であったことや、太田道灌・北条氏の時代に築かれた城門前の町場(現在の平川門周辺)の存在を根拠に、家康以前の江戸がすでに中世的な港湾・商業都市であったと主張している。徳川家康が江戸に入る直前(16世紀末の戦国時代末期)、江戸の人口は「数千人規模」だったと推測。

◎江戸を遥かに凌ぐ「超巨大都市」(全国トップクラス):人口が数万人〜数十万人に達し、政治・経済・国際貿易の中心だった日本屈指のメジャーシティです。

・京都(山城): 人口約30万人。天皇や将軍が暮らす日本圧倒的ナンバーワンの都。

・大坂(摂津): 本願寺の寺内町から発展し、豊臣秀吉の城下町として日本経済の核。

・堺(和泉): 人口数万人。商人たちによる自治都市・国際貿易港。

・博多(筑前): 九州最大の国際貿易港。豪商たちが支配する自治都市。

・山口(周防): 大内氏が築いた「西の京」。全盛期人口数万人を誇る西国最大の都市。

2. 江戸以上の規模だった「大名の大城下町」(地方の超有力都市)戦国大名が本拠地として数万人規模の人口を集積させていた、各地域の中心都市です。

・小田原(相模): 人口約1万〜数万人。関東覇者・北条氏の本拠地、東国最大の都市

・駿府(駿河 / 静岡): 今川氏が築いた先進都市。のちに家康も大御所として大改修。

・一乗谷(越前 / 福井): 朝倉氏の城下町。京都の文化が流入、1万人以上の北陸の都

・春日山・直江津(越後 / 新潟): 上杉謙信の本拠地と、日本海交易で栄えた港町。

・府内(豊後 / 大分): 大友宗麟のもとでキリスト教文化や南蛮貿易が栄えた国際都市

・鹿児島(薩摩): 島津氏の本拠地。琉球や中国との交易ルートを持つ南の玄関口。

・仙台・米沢(出羽・陸奥): 伊達氏の拠点。奥州における政治・軍事の中心地。

3. 江戸と「同レベル」の有力都市(人口数千人〜1万人規模)、「地域拠点の城下町」や「有力な港湾・商業都市」「宗教都市(門前町・寺内町)」として栄えた都市

地域拠点の城下町(江戸城と同等クラスの支城・本拠地)

・川越(武蔵 / 埼玉): 江戸と並ぶ武蔵国の主要都市。太田道灌が江戸城と同時に築城

・古河(下総 / 茨城): 古河公方が拠点を置いた、北関東の政治的要衝。躑躅ヶ崎館

・甲府(甲斐 / 山梨): 武田信玄・勝頼期の政治拠点で、背後に鉱山や宿場を抱える。

・清洲(尾張 / 愛知): 織田信長が飛躍する足がかりとなった、濃尾平野の重要拠点。

・岐阜(美濃): 斎藤道三・織田信長が交易を保護(楽市楽座)して発展させた城下町

 有力な港湾・商業都市(水上交通のハブ)

・桑名(伊勢 / 三重): 東海道の要衝。伊勢湾の舟運を握る「十楽の津」自由商業都市

・敦賀(越前 / 福井): 日本海交易(北前船の前身)と近畿を繋ぐ北陸最大の港湾都市

・兵庫津(摂津 / 兵庫): 瀬戸内海交易の要であり、のちの神戸港の原型となる港町

・尾道(備後 / 広島): 瀬戸内海の物流が集中する、西国屈指の港湾都市。

宗教都市(寺内町・門前町)

・宇治山田(伊勢 / 三重): 伊勢神宮の門前町。全国から参拝客。巨大観光・宗教都市

・信貴山・奈良(大和): 東大寺や興福寺を中心に、中世を通じて強大な経済都市。

・今井町(大和 / 奈良): 織田信長とも渡り合った、顕如上人ゆかりの寺内町byGemini

 江戸時代以前、関東の中心は16号線エリアの街、鎌倉だ。1180年、頼朝は挙兵したが、石橋山の戦いで敗北。味方の勢力圏だった房総半島南部安房国猟島に上陸。16号線沿いに左回りに進軍し、周辺豪族(千葉、葛西、豊島、足立、江戸、河越、畠山)を配下に引き入れ鎌倉に到着した(P146~147)

 1467年、京都で起きた応仁の乱が戦国時代の幕開けとされるが、1451年、享徳の乱から始まっており、応仁の乱は享徳の乱が波及して起きたとする説がある(峰岸純夫都立大教授)(P158)

 日本書紀と古事記には富士山の記述がない。富士山信仰を持った独自の勢力が関東にいたのかもしれないが、文献がないため証明は困難だ(戸矢学「古事記はなぜ富士山を記述しなかったのか 藤原氏の禁忌」)(P161)

◎同書は、「かつて東国(大宮や富士山を中心とするエリア)に、大和朝廷とは別の巨大な『関東王国』が存在した」という仮説を主張しているが、矛盾だらけでありエンタメ(歴史ミステリー小説)の域を出ない  byGemini

 

【第5章】

 明治時代から皇居で皇后がお世話している蚕は、カイコガ(桑)とヤママユガ(クヌギ)の2種(P162~164)

 八王子は、元々蚕の餌となる桑の名を冠して桑都と呼ばれるほど養蚕業が盛んで、各地(山梨、長野、群馬、栃木、新潟)から生糸が集積し、織物が生産された。江戸時代には、八王子に集積された生糸や絹製品が江戸へ運ばれた。幕末に横浜が開港すると、八王子から大量の生糸や蚕卵が横浜港に運ばれた(浜街道⇒絹の道≒16号線)(P168)

 19世紀初期の文政年間、鑓水商人が現れた。幕末~明治初期、彼らが八王子~横浜間の生糸ビジネスを支えた(P171)

 鑓水商人は、零細農家の女性たちが手作業の座繰りでつくる生糸を集めたが、品質面でばらつきがあった。渋沢栄一は、1872年、富岡市に官営の富岡製糸場を設立し、高品質の生糸を安定して大量生産体制を構築。16号線の役割は鉄道(横浜鉄道⇒横浜線)に引き継がれた。鑓水商人の役割が減り、明治中期に大半が没落した(P175~178)

 自由民権運動の中心地になったのは、1871年の廃藩置県以来、神奈川県に属していた西多摩(奥多摩)、南多摩(八王子、町田)、北多摩(立川、東久留米、三鷹、吉祥寺、調布、成城等)のいわゆる三多摩で、自由党は、1892年の第2回衆議院選挙に多摩で2議席を獲得した(P185)

 政治的危機を覚えた内海忠勝神奈川県知事は、政府と東京府に、東京への移管を直訴し、結果、三多摩地区は、1893年東京府に編入された(P185)

 日本産の蚕種小石丸は、良質だったが小ぶりで、日中交雑種、中欧交雑種比で繭1個当たりの生糸生産量が半分以下だった。このため小石丸のシェアは減り続け、1980年代までにほとんどいなくなった。皇后美智子妃は宮中での飼育を続けた(P188)

 

【第6章】

 16号線エリアは、岐路を迎えている。少子高齢化と首都圏の縮小だ。東急グループが中心になって開発してきた川崎、横浜、町田、大和の多摩田園都市全体で高齢化が進んでいる。重松清の定年ゴジラは時代を先取りしていた(P191~193)

 2019年~2020年、東急グループや三井不動産グループ、KADOKAWA等は、16号線エリアに大型投資を行い、新しい街をつくっている。南町田グランベリーパーク(東急)、三井アウトレットパーク、ところざわさくらタウン(KADOKAWA)がオープン。16号線エリアでは、新たな子育て世代が移住してきている。0~14歳の子どもの転入超過数は流山、柏、町田、印西、藤沢、小平、戸塚区、さいたま市緑区、西東京、八王子(P198)

読書する脳 毛内拡著 2025年11月SBクリエイティブ刊

(目次)

はじめに あなたの脳は読書で変わる

第1章 読書の今をひもとく データで見る「読まない時代」の現実

第2章 読書がもたらす脳科学的メリット

第3章 文字と言語処理のメカニズム

第4章 認知バイアスとセルフトーク 自分を操る脳のしかけ

第5章 脳が喜ぶ読書術

第6章 読書がもたらす共感力と社会性

 

【第1章】

 特筆すべきは、小学校入学前の「読み聞かせ」が、子どものその後の読書週間に与える長期的な影響。小学校入学前に週4日以上読み聞かせを受けていた子どもは、中学生になっても、週1日未満だった子ども比で、1.5~2倍長い読書時間を維持していた(子どもの生活と学びに関する親子調査:ベネッセと東大社会科学研究所共同調査)(P15~16)

◎読み聞かせがいいことは疑わない。しかし、これが読み聞かせの長期的な影響かどうかは判然としない。元々本を受け入れる子どもと受け入れない子どもがいて、受け入れる子が読み聞かせを受け入れただけかもしれない。親が読み聞かせをしなかったからというのもあるかもしれないが、それを嫌がった子がその後も本を読まなかったというだけかも。理由:私の孫は後者で、そもそも読み聞かせを嫌ったから

◎この調査では相関関係は認められる。しかし因果関係を認めることはできないだろう

 幼少期の読書体験の差は、子どもの将来に長期的影響を及ぼす。多読層の子どもたちは、図表の理解力、論理的思考力、長文の理解力、文章表現力等について、自己評価が高い傾向にある(P17~18)

◎なぜ、「自己評価が高い」ことを証拠として掲げるのだろう?その子たちが自分のことを評価しているに過ぎないわけで、客観的証拠そのものではない。無論、実際に高いから周りに褒められた結果高いのだろうけど。それくらいなら、客観的評価が高いことを占め是ばいいじゃないか

 34名の健康な成人に小説(ノルウェイの森:村上春樹著)等の文章を、スマホor紙媒体で読ませたところ、内容の理解度:スマホ7.4点、紙媒体8.9点。読書中のため息がスマホで減少。前頭前野の脳活動(機能的NIRSで脳血流を測定)がスマホ使用時>紙媒体⇒ため息抑制と前頭前野の過活動の相互作用で読解力低下を招いた(昭和大)(P31~32)

◎スマホでなくタブレットを使うべきだったね。スマホは画面が狭く、長い文章:小説を読むには適さない。目が疲れるし。小説をスマホで読む人はいないだろう

 

【第2章】

 私たちの脳には「新奇性」を求める特性がある。人類が進化の過程で、新しい情報にいち早く注意を向けることで環境の変化、迫りくる危険を素早く察知し、生き延びてきた名残だ(P43)

 脳はドーパミンを放出することで、新しい情報、予測できない変化に対応しようとする。ドーパミンの役割は、脳内の報酬系回路において、報酬を予測し、その報酬を最大化するための行動を促すこと(P43)

◎報酬系回路におけるドーパミンの主たる役割は、快感そのものの発生ではなく、「報酬の予測」と「行動の動機付け(欲求の強化)」です。脳の中脳辺縁系回路(腹側被蓋野から側坐核への投影)を中心に放出され、生存に必要な行動を学習させ、繰り返させる原動力として機能します。

・報酬予測エラー(Prediction Error)の計算

 期待以上の報酬が得られた時にドーパミンが大量に放出されます。予想通りの報酬では放出が維持され、期待を下回ると放出が低下します。この差分を脳が計算し、より良い選択肢を効率的に学習します。

・欲求・モチベーションの喚起(Wanting)

 「好き(Liking)」という快感の発生とは明確に区別されます。ドーパミンは「それが欲しい、手に入れたい」という行動の意欲を生み出します。行動の強化と学習の定着ドーパミンが放出されると、その直前の行動が脳に深く記憶されます。これにより、次回も同じ報酬を得るための行動パターンが再現されやすくなります。

・依存症の形成(以下略)   byGemini

 脳は、意識的、無意識的にエネルギー消費を抑えようと、複雑で認知的負荷の高い作業を避け、より簡単な方法で判断や意思決定を行おうとする(ヒューリスティック:過去の経験や直感を利用して手軽に判断を下すための思考の近道)(P46)

 ヒューリスティックは素早く判断できる点で有効な仕組みだが、認知バイアス(偏った判断、誤解)を引き起こす(P48)

 DMN(Default Mode Network)は、安静時、ぼんやりしている時間において活発になる脳活動で、多様な認知プロセスに関わっている。不安、うつを抱える人の脳は、DMNが過剰に活動している。読書に集中しているとき、DMNの過活動を抑え、反芻思考の負のスパイラルから解放される(P50~53)

◎不安、うつのときDMNが過活動状態にあるだろうが、そんなとき読書に集中できるのだろうか?非常に疑わしい

 特に情報の理解や分析を目的とした読書を行う場合、注意は外部世界の問題解決に向いており、情報処理に集中するために、TPN(タスク陽性ネットワーク)が優位になり、内部に向かう脳活動であるDMNの活動が一時的に低下する(P53)

 この脳の働き方の切り替えには、SN(Salience Network)が重要な役割を果たす。SNは、外部に注意を向けるために、DMNを適切に抑制し、注意を調整する。今大事なのはこっち!と判断してくれる(P53)

◎サリエンスネットワーク(Salience Network:SN)とは、脳が膨大な情報の中から「自分にとって何が重要か(目立つか)」を瞬時に見極め、注意や行動のスイッチを切り替えるための神経ネットワーク。 byGemini

 つまり読書とは、脳の運転モードを切り替え、DMNの暴走(反芻思考)を止め、脳をクールダウンしてくれる(P54)

◎違うんじゃないかな?読書は脳をクールダウンするきっかけになりうるけれども、できるかどうかはわからない。それを司るのはSNであり、その時点においてSNが、読書を重要なことと認識するかどうかにかかっている。読書しようと思っても、イライラしててとても読書なんかできないということだってあるんじゃないかな?

 DMNは常に有害というわけでなく、深い理解や創造的な洞察を促進する効果がある。特にフィクションの読書においては、DMNが積極的に活動し、登場人物の心情や物語のシナリオを深く想像することで、共感力や社会的認知能力を高める効果がある(P55)

 ノンフィクション作品を読む際は、批判的思考や論理的分析を担う前頭前野がより活性化し、DMNの活動は比較的抑制される。フィクションとノンフィクションでは、活性化される脳のネットワークが異なり、異なる認知機能を高める(P55)

 文章を読むときは、脳内の多くの領域が同時に活性化される。文字認識:後頭葉視覚野、文章の意味、文法的な構造理解:言語野(特にブローカ野、ウェルニッケ野)が活性化。物語の内容を想像しその世界を視覚化、登場人物の行動や心情を理解:前頭前野や側頭葉も同時に関与(P59)

 脳には学習や経験に応じて構造、機能を変化させる能力(可塑性)があるので、継続的に読書を行うことで、脳内の情報伝達が効率的になる。複雑な情報処理を行うための神経ネットワークが強固になることを意味し、結果、知的能力が高まる(P60)

 

【第3章】

 漢字を読むときは音を経由しなくても、その文字の意味やイメージに直接アクセスできる。アルファベットや仮名を読む際は、文字を音に変換する音韻処理過程がある。このため、意味や概念の理解に関わる脳の側頭葉や、考えや処理を行う前頭前野が迅速に活性化される。漢字を認識するときは、左脳(言語的処理)だけでなく、右脳(非言語的処理)も活性化される(P73)

 表音文字は、脳内の音韻処理作業(文字情報を頭の中で音に変換するプロセス)を側頭葉(ウェルニッケ野:言葉の意味、音声を理解)や前頭葉の下前頭回(ブローカ野:音声処理、単語の発音に深い関係)が主に活性化する(P74~75)

 紙の本を読むときは、自分で読む速度を調整し、難しい部分は繰り返し確認でき、より能動的に内容を深く考えながら情報を処理できる。オーディオブックは自分のペースで止まったり戻ったりできないので、内容を深く理解するのに向かない(P84)

 字幕付きの動画や映画は、音声と文字情報の両方を同時に処理するので、視覚野、聴覚野、言語野が活性化されるが、オーディオブック同様、自分のぺーしで考える余裕がなくなりやすく、受動的な情報処理に傾きやすい。短時間で効率よく内容を理解できるが、想像力、推論力を駆使する深く考えるプロセスでは神の読書に及ばない(P85~86)

 視覚的に一度に処理できる視覚情報には限界がある。人間の脳は一度に注意を向ける対象(オブジェクト、文字)を3~4に絞り込んで処理(視覚的ワーキングメモリ)(P86)

 ドーパミンの放出量は映画や動画が大きく直接的な報酬として作用するが、読書がもたらす報酬の特徴は質にある。前者は外部刺激に依存した一過性の報酬(外的報酬)であるのに対し、読書は自発的に理解やイメージを創り出すことで得られる持続的で深い充足感(内的報酬)を生み出す(P90)

◎否定はしないが、「持続的で深い充足感」は「深い充足感」はどうやって検出したのか?科学的根拠のない文学的表現(修辞)ではないのか?本書は、この手の表現が多いのが(玉に)瑕だ

 

【第4章】

 情報の取捨選択は、脳の注意ネットワークが処理する⇒認知バイアス

①警戒系:注意の覚醒度や準備状態を調整

②定位系:感覚刺激(視覚、聴覚)の発生源を特定、注意を向ける場所、対象を選択

③実行系:複数刺激、情報の優先順位を決定、不要情報を抑制 (P100~101)

 私たちの脳は、常に外界から入ってきた新しい情報を、自分がこれまでに蓄えた記憶や知識をもとにした予測モデルと照合しながら処理している(予測コーディング理論)

⇒外界の情報に対する予測を立て、実際に感覚器官が捉えた情報で答え合わせし、その間のズレ(予測誤差)を検出することで、認識を更新している

⇒現実は客観的世界ではなく、一人ひとりが持っている独自の予測モデル(記憶、知識)の影響を受けたその人だけの世界(P102~103)

 記憶は、思い出すたびに再構成され、生成され直している(P104)

 脳内予測モデル(知恵ブクロ記憶:著者造語)(エンデル・タルヴィング)

①無意識的(anoetic)記憶:意識を伴わない無自覚に行われる記憶、手続き記憶

②知識的(noetic)記憶:世界や物事についての一般的知識

③自己意識を伴う(autonoetic)記憶:特定の出来事を本人が体験 (P105~107)

◎この分類は心理学的だが、脳科学に基づいているわけではなさそう

 スキーマとは、過去の経験や知識に基づいて形成される物事を理解するための脳内の枠組みやパターン。(P111)

 世界の見え方が書き換えられる背景には、新しい知識を身につけることで、記憶やスキーマ等の脳内地図が絶えずアップデートされるプロセスがある(P113)

 一方のニューロンで発生した電気信号は神経伝達物質を介して次のニューロンに伝えられる。何かを学習したり記憶する際、このシナプスの結合の強さが変化する(シナプス可塑性)。ニューロンが頻繁に活動することで、その間のシナプスのつながりが強化される(長期増強LTP)⇔活動小⇒弱化:長期抑圧(LTD)(P113~115)

 長期記憶への定着には、休息、睡眠が重要。海馬が短期記憶を一時的に保存し、睡眠中に大脳皮質に移動させて定着させる(P115~116)

◎『読書する脳』で著者の毛内拡氏が述べる通り、記憶定着において休息は睡眠に近い重要な役割を果たし、休息中は記憶の上書きを防ぎ、睡眠中は大脳皮質への記憶転送が行われる。休息と睡眠は脳科学的なメカニズムが異なるためイコールではないが、日中のこまめな休息が睡眠時の定着効率を最大化する。詳細は脳神経科学者が明かす最強の読書術|Makoto Suhara(須原誠)を参照  byGemini

 セルフトークは自分自身に向けて心の中で語りかける内なる言葉。ポジティブセルフトーク(自分に肯定的な言葉を繰り返しかけること)で、脳の報酬系の主要部位の活動が活発化し、ドーパミン、セロトニン、オキシトシンが放出される(脳画像研究by機能的MRI)(P118~119)

 ネガティブセルフトークは、扁桃体を直接刺激して、コルチゾールを分泌させ、集中力や注意力を一時的に低下させる(P122)

 

【第5章】

 快読は、速読とは別の概念で、学術的に定義された用語ではないが、単に早いだけでなく、脳にとっての快さや気持ちのよさという感覚的な意味合いを含んでいる(P132)

◎本書には、この手の身勝手な記述が多い。定義できない言葉を使うべきじゃない

(SQ3R法)(P149~150)

・Survey:概観する

・Question:問いを立てる

・Read:読む

・Recite:復唱する

・Review:復習する

 ブログやSNSに読書メモを投稿するようなアウトプット行動は、脳内の記憶回路を大幅に強化する。脳は一度インプットした情報を再構築し、自分自身の言葉で外部に表現することで、海馬に一時保存されていた情報を長期記憶として大脳皮質に転送・定着させる(P152)

 

【第6章】

 ミラーシステムとは、他者がある行動をしているのを観察した際に、自分自身がその行動をしているかのように活性化する神経細胞群のネットワークのこと。ミラーシステムは、情動的共感(他者が感じている感情を自分自身が感じているように再現する能力)をもたらす(P167~168)

◎「細胞群」なのだろうか?他者の行動を観察しているときに、自分自身が行動しているときと同じ細胞群が、同じように働くという現象なのではないだろうか?元々、我々が見ている世界は、感覚細胞から伝達された情報を脳が再構成してできたものだ。だから自分が餌をとるときに刺激される細胞群と、他者が餌をとるのを見て得られた情報とは非常に似ていて、ほとんど同じ細胞群が使われるのだろう。だからミラーかする

◎それは特有のミラーニューロンがあるということではなく、実際に行動する場合と他者が行動するのを見たときに刺激されるニューロンが同じ箇所にあるってことですよね?

◎まさにその通りです!非常に鋭く、本質を突いたご指摘です。脳の中に「ミラーニューロン」という特別な形をした独立の細胞(例:形が鏡のようになっている細胞など)がポツンと存在しているわけではありません。実際には、あなたが仰る通り「自分が動くとき(運動)」と「他人が動くのを見たとき(視覚)」の両方のタイミングで、まったく同じ場所の、まったく同じ神経細胞が刺激されて活動するという現象(応答パターン)のことを指しています。

◎科学的な事実を整理すると、以下のようになります。1. 脳細胞としての種類は「運動ニューロン」発見された場所は、脳の「運動前野(F5エリア)」という、本来は自分の体を動かすための命令を出す領域です。つまり、細胞のベースはあくまで「運動のための細胞」です。2. 「見ること」でもスイッチが入ってしまう本来なら自分が動くときだけ働くはずの運動細胞の中に、なぜか「他人の同じ動きを見たとき」にも自動的にスイッチが入ってしまう細胞が混ざっていた、というのが正確な表現です。この「1つの細胞が『運動』と『視覚』の2つの役割を同時に兼ね備えている」という珍しい性質(応答パターン)に対して、研究者が「まるで鏡のようだ」として「ミラーニューロン」と名付けました。

◎そのため、現在の脳科学では「ミラーニューロンという特別な細胞がある」と考えるよりも、「脳の運動システムの中に、他者の行動を鏡のように写し出す仕組み(ミラーシステム)が組み込まれている」と捉えるのが主流になっています。「独立した特殊な細胞があるわけではない」という視点は、現代の脳科学の議論(ミラーニューロン神話への批判など)でも非常に重要視されている正しい認識です。  以上byGemini

すべては量子力学のせい ジェレミー・ハリス著 2025年8月草思社刊

(目次)

はじめに

第1章 量子力学には穴がある

第2章 意識による収束と霊魂の物理学

第3章 宇宙と一体化した意識?

第4章 意識による宇宙創造?

第5章 意識が関わらない収束理論

第6章 量子マルチバース

第7章 マルチバース的歴史観

第8章 量子力学は法を崩壊させる

第9章 隠れた変数と政治的圧力

第10章 ボームの量子力学

第11章 意識の未来

 

【はじめに】

 量子力学は、数万年前に始まった人間の自己理解の物語の自然な延長線上にある。カークによれば、量子力学の唯一納得できる解釈は、人間の意識こそが重要だ。僕(著者は)、量子意識という考え方を広めたいわけじゃないけど、意識が物理学の基本要素だという考え方は、他の主張よりずっとまともだ(P15~17)

 僕らの祖先は、原子大自然の弱肉強食の時代に、明確な教訓を持ち帰った。人間は、虫や植物、土と同じ自然界にいるだけじゃなく、彼らと同じ霊魂の世界にいる。アニミズム(動物、植物、モノに霊魂が宿っているという考え方)は、何万年も昔に人々の間に広まった(P18~19)

 人間は、小麦を畑に植え、ニワトリを檻に閉じ込め、牛に重いものを引かせた。粗末に扱ってきた小麦や牛が、自分たちと同じように本物の霊的実体を宿しているという考えは気まずいものになった。そこで認知的不協和(人の行動と考えが矛盾する状態で、人は無意識にこれを解消しようとする)が発動された。霊魂があるものを虐待するのはバカだ。だから小麦や牛には霊魂がないに違いない⇒アニミズムの消滅(P19)

 または、動物、岩、植物がみな霊魂を持つのでなく、それぞれの神に置き換わった。小麦の神様、農業の神様がいるのだと(P19)

 人類の信仰の進化論が正しければ、ほとんどの文明がアニミズムを捨てたのは、それが間違った考え方ではなく、不都合な考え方だったからだ(P19)

 一神教は、唯一の神が存在するという信仰だ。紀元前1500~1000年頃、ゾロアスター教が生まれた。霊魂の自由意思が存在し、僕らの世界の上に神の世界があると考える。ユダヤ教等を含め一神教は、「人間は自由意志と霊魂を持ち、ある種の来世に行くことができる特別な生き物だ」と考える(P20)

 西洋世界では、人知の革新が起こるたびに、精霊も神も数が少なくなってきた(P21)

 1687年7月5日、アイザック・ニュートンが「プリンキピア自然哲学の数学的諸原理」を発刊した。宇宙のすべての物体がシンプルな法則に従って動いていること、その運動を数学的に予測する方法が書かれていた。リンゴが地面に落ちることについて、従前は、神様が決めたことだとしていたが、ニュートンは、神の介入を持ち出さずに、首尾一貫した数学的法則で説明した(P22)

 科学的発見によって神の存在が嘘っぽくなったからではなく、神様を必要としなくなったから、科学革命が神を隅の方へ追いやった(P23)

 未来を正確に予測できるということは、未来が確定しているということでもある。決定論世界観では、僕らの未来の意思決定も全てが運命で、自由意志や霊魂、神の介入の入り込む余地はなくなる(P24~25)

 ニュートン力学では、彗星の楕円軌道を0.01度まで予測できる。熱い物体の温度と発する色の関係について、色のスペクトルの紫外線側(高温)で、状況が破綻していた(紫外破綻)(P26)

 マックス・プランクは、電気コンロを熱するのにつぎ込まれたエネルギーを、連続的に流れるものではなく、エネルギーの分子と考えた。別のグループも粒子と思われていたものが、適当な条件が整うと、波のようにふるまうことを示した。量子力学1.0では、紫外破綻を説明し、素粒子の質量電荷比を高い精度で予測できた(P27~28)

 量子力学1.0は、ニュートン的世界観の根本的な前提条件(観測されていない系についての議論にも意味がある)を脅かした。量子力学1.0では、観測していない原子についての僕らの物語は気休めでしかない。観測の瞬間とは、宇宙が整合性を持った姿を現す稀な一瞬であり、観測されていないときの宇宙はつじつまの合わないまぜこぜの時間経過の中にある(P28~29)

 

【第1章】

 1801年の実験で、トマス・ヤングは、スクリーンに小さなスリット(細長い穴)を2つ開けた。そのスクリーンに向けて光線を当てる。光線は両方のスリットを通過するのに十分な幅が広い。観測用スクリーンをスリットの向こう側に置いて、スリットを通過した光がどう見えるかを観測。片方ずつスリットを塞ぐと、それぞれの側に輝点が1個あり、両方のスリットを開放したとき、等間隔に輝点が複数並んだ(干渉縞)(P32~36)

 マックス・プランクは、エネルギーが連続的なものではなく、1つ1つの小さな塊であることを発見し、アインシュタインは、光も粒子(光子)だと主張した。別の実験で、1回に1個ずつ光子を送り出したて十分な数の光子がスクリーンに到達すると干渉縞ができた。光子が両方のスリットを通過したと考えるほかない⇒量子的粒子(光子)は同時に2か所に存在する(P38~40)

 アインシュタインとプランクの発見後、多くの他の実験が1つの素粒子が、あたかも同時に2か所に存在したり、同時に異なる速度で(or異なる方向に)移動したりするかのようにふるまうという結果を示している(P40~41)

 1つの粒子は、空間ににじむように広がり、壁等の何か止めるものがない限り、大きな領域に広がってしまう。これは引っ張りすぎると、現実という生地がほどけてしまう繊細な糸でもある(P41)

 すべてのケットは、その中に書かれたものが量子状態にあることを示している(P42)

◎電子の自転(スピン)の向きを表す記号として、最も一般的に使われるのは上向き矢印「↑ 」と下向き矢印「↓ 」、およびスピン量子数(表記略)。古典的なイメージとして電子を「右回り・左回り」の球体として捉えた場合、それらは量子力学において以下のような記号で厳密に定義されている。

↑ (アップスピン): 片方の回転(例:右回り)

↓ (ダウンスピン): もう片方の逆回転(例:左回り)

◎古典的な物理学では「右回り・左回り」と表現されるが、量子力学において、電子は大きさを持たない「点」のような素粒子とされ、地球のように実際に物体が物理的に自転しているわけではないが、電子は自転しているかのような「磁気的な性質(固有の角運動量)」を持っている(スピン)。便宜上、右回りと左回りのような2つの状態として区別している   byGemini

 蓋が閉まった箱に、電子が1個入っている。電子のそばに検出器があり、電子が時計回りに回ったらカチリと鳴るが、反時計回りなら鳴らない。検出器が鳴ったら電子信号が銃に送られて引き金を引くスイッチが入り、箱の中のネコが死ぬ。電子が反時計回りなら死なない。電子が同時に両方向に回ったら、ゾンビネコになる(P45~47) 

 ニールス・ボーアは言った。ゾンビネコは、計算では存在する。ゾンビネコは、私が目を向けた瞬間、私or観測装置が特別な影響を及ぼして、ゾンビネコは、重ね合わせの状態(同時に生き死ぬ)から収束して、どちらかの状態にならなくてはならない(P50)

 ボーアは、観測とは何か、どうすれば観測者になれるのかを説明していない。大きいものが小さいものを収束させると言っただけ。アインシュタインは、予測可能性を愛していたので、ボーアの答えに含まれるランダム性を嫌っていた。観測により収束する先は宇宙がランダムに選ぶとボーアは主張。実験で、量子的粒子がランダムにふるまうことが示された(P51~53)

 コイントスはランダムではない。十分な情報があり、十分な能力のCPがあれば、100%確実に裏表を決められる(アインシュタイン的思考)(P53)

(ボーアの解釈の問題点)(P55)

①なぜ、人間or測定装置が量子系を収束させることができるのか

②電子⇒検出器⇒銃⇒ネコ系の状態を収束させる能力がネコにあるのか

③銃、検出器には収束能力があるのか

 ヒュー・エヴェレット3世が、1950年代、実験者(観測者)を系の1つの要素とした。実験者は2つのタイムラインの一方にいるので、1つの結果しか見ていない(P57~59)

 この解釈に従うと、電子等の粒子が僕らの周りの世界全体のパラレルワールドをつくるので、僕らのマルチバースは、相互作用ごとにあるうる結果の数だけ、常に新しいタイムライン=新しい宇宙に分岐し、新しい宇宙を生み続ける(P59)

 

【第2章】

 ボーアは、大きいモノと小さいモノは別の物理法則にしたがうと言った。しかし、大きいと小さいをどう定義するのかが不明で、両者の境界は曖昧だった(P65~67)

 ジョン・フォン・ノイマンは、ボーアの解釈の問題点を指摘した。大きいモノは収束能力がない小さいモノでできている。大きいと小さいの間のどこに線を引こうとしても明確な合理性はない。顕微鏡、銃、ネコは特別な名前がついているけれども、それは人間が勝手に区別しただけで、本質的な意味はない。どれも一塊の原子でできている。実験者の体も、他のモノ同様、原子でできている(P68~69)

 収束させるものは、宇宙のほかのモノとは違う法則に従っているはずだ

⇒通常の物質ではない。非物質的な、非物理的なモノ

⇒ノイマンは、抽象的自我(霊魂、意識を想定)を措定した

⇒非物質の意識が、実験者が観測するモノを追跡して、僕らがモノに注意を向けると収束してしまう

⇒史上初めて、物理法則に意識を持ち込む余地をつくった(P69~72)

 デイビッド・チャーマーズがは、科学の用語に意識という単語を追加する必要があると言った。(P74~75)

 ノイマンの考え方でも問題点は残る。意識がどの時点で収束のスイッチを入れるのかが明確でない(P75~76)

 

【第3章】

 ディーパック・チョプラは、量子神秘主義者だ。「観測者は、非局所的意識であって、その意識がそれ自体の確率を測定可能な事象に収束させる」と主張(P79)

 アミット・ゴスワミは、原子核物理学者で、チョプラ量子力学の先棒担ぎだ(P80)

 ゴスワミは、電子が同時に2方向に回転しているようにふるまうことは、実際に2方向に回転しているのではなく、そのように見えるだけだと考えた。同時にたくさんのことをしている量子的粒子は、世界の別の階層(可能性領域)に存在している。可能性領域には、たくさんの観測結果の可能性がある。観測すると、1つの可能性が可能性領域から選ばれて、現実世界に上がってくる。それが収束だ(P81)

 ゾンビネコは、生き、死ぬ可能性みたいなもので、実際には同時に生きても死んでもいない。観測は、創造的行為で、可能性だったものの1つを、唯一の結果として物質化して現実世界(観測領域)に現れる瞬間だ(P83)

 2人の人が全く同時にゾンビネコをを見たとき、どちらがネコを収束させるのか?ゴスワミは、観測者が別々の意識を持つのではなく、宇宙のあらゆる場所のすべての観測者に共有されていると主張する。すべての観測者は1つの共有された意識の集合体を利用している(P86~87)

 僕らは層状に2つの平面が重なっている宇宙に暮らしていて、1つは現実に観測でき、他方は観測の結果として起こりうる可能性だけがある。2つの存在面で行き来できるのは、ある種の統合された意識だけで、観測者が共有している(ゴスワミの主張)(P87)

 ボーアの宇宙観で最も物議を醸すのは、物理学に光より速い効果がありうるという部分だ。ゾンビネコの実験で、ネコが別の惑星上にいたとき、銃弾がネコに到達するのに時間がかかるはずだが、地球にある検知器は同時に収束する。銃弾は光速より速いことになる(非局所的効果)(P88~91)

 ゴスワミ理論では、可能性領域で光速度制限を破ることで、現実世界の光速度制限を救っている(P92)

 宇宙全体が1つの意識の内側に入っている。あらゆるものは意識の内側に存在する。だから収束は、意識の中だけで起こるプロセスになる。意識はモノを可能性領域から観測領域へ動かすだけだ。僕(著者)はこの考え化を受け入れないが、反証不可能だ(P95)

 チョプラが、宇宙は非局所的意識と等しいと言うときは、あらゆるものは1つの意識の内側に含まれるという考え方を意味する。文の後半(確率波‥)は、意識が収束を引き起こし、収束が結果の可能性(確率波)を観測領域に移動させることで、具体的で観測可能なモノに変えるという意味だ(P96)

 ゴスワミの理論では、意識の定義が明確でない。物理理論の中で意識を使えるようにするには、意識の定義を明確にすることが必要だ。ほとんどの人が意識として考えるものは、脳の活動だとは決めつけられない。ホルモン生成、ホルモン感受性、血中酸素濃度等脳以外の器官によって決まる多くの重要な要素があり、それらが脳と協力することで、経験の完全性が生まれている(P99~101)

 

【第4章】

 ゴスワミの考えでは、可能性領域にはタイムラインの可能性の巨大な一覧表があるようなもので、観測者がそれを見て現実世界に収束させるのを待っている。タイムラインは現実ではなく、単なる観測の結果の可能性だ(P108~109)

 ゴスワミの考えでは、可能性領域は140億年前から存在していたが、観測領域は存在しなかった。観測領域に何かが現れるには、その何かを観測者が収束させなければならない。だから数十億年の間、宇宙の活動はすべて可能性領域の中だけで展開した。様々な宇宙創成シナリオが同時に展開した。地球が生まれた宇宙のある1つの特別な宇宙に重大な出来事が起こる。最初の細胞だ(P110~113)

 ゴスワミの理論では、最初の細胞は最初の観測者でもあって、普遍意識が宿る初めての実体となった。最初の細胞が形成された瞬間、可能性領域にあった宇宙のうち1つが現実世界に引き上げられ、それ以外は永遠に消滅した(P114)

 僕らは、同時にいろいろな状態に存在するモノを見るたびに、普遍意識の媒介者となり、何かを観測領域に移動させる(P114)

 生命はある種の偶然により進化した。しかし、最初の細胞への進化は、宇宙の可能性のうちの1つで、必ず起こることと保証されていた。そして最初の細胞が誕生したとき、その細胞が自分自身を現実世界に転生させることも保証されていた。なので、ゴスワミの宇宙には、生命が存在するよう運命づけられていた。なので「宇宙は生物のため創造された」と考えても半分正しい(P116~117)

 ゴスワミは、普遍意識を神と呼んでいる。神が生物を創造したという文も的外れではないし、ゴスワミの立場は、宇宙は生物のために創造されたという考え方と親和性が高い(P117)

 ゴスワミの仮定では、普遍意識は、収束のどんな結果でも選べる。これはランダム収束モデルと異なる(P119)

 選ぶとは、物理的には、僕らの脳の中の原子が、僕らにそれをさせるような配列になることを意味する。無数のミクロな出来事が、脳の中の粒子を動かす。その1つ1つの出来事は量子力学的で、ほんの一瞬だけ膨大なタイムラインが同時に存在し、最後に収束する。これらの収束の結果を普遍意識が決めている。ある意味、僕らは自由意志を持っていると言えるが、問題は普遍意識を君の延長と言えるかだ。言えなければ、君の選択は、普遍意識という外力に制限されている。言えれば、君は本当に選択し、決定していることになる(P119~120)

 ゴスワミの意識による収束理論では、自由意志は最大限自由だ。君の意識が君のすべての決定の源泉であり、その決定は可能なタイムラインから選んで、現実世界に収束させることによってなされる。君は普遍意識であり、人と意識の接合体(キメラ)であり、完全な自由意志を持っている。これがリバタリアン的自由意志で、西洋法制度の重要な概念だ(P120)

 リバタリアン的自由意志論を進めると、教唆は犯罪とみなされるべきでないという主張に行きつく。意思が自由なら何人も他者によって決心させられることはない(P122)

◎物理学を社会制度に絡めて議論しても仕方がない。この辺りの議論は省略する

 

【第5章】

 「そういうものだから収束理論」(自発的収束理論)の背景にあるのは、収束は何のきっかけもなしにそれ自体で起こるだけ、というアイデアだ。観測者も意識もいらない。単に、同時に様々な状態で存在していられなくなった粒子が自ら収束する。収束する理由はない。それが宇宙のありようだからだ。収束は、重力や磁力のように自然を動かしている根本的な法則だ、という仮定を置く(P129)

 自発的収束理論は、自発的収束がいつ起こるかを予測する方法はなく、収束結果も予測できない。可能性の1つにいつかは収束することだけ確実に言える(P131)

 ネコの生死を決めるのは、ネコの体内の原子の配置だ。ゾンビネコは粒子の集まりだ。その1つを生きているネコの位置に収束したら、ネコ全体、その他の粒子も生きている。自発的収束だけでネコ全体を収束させるのに十分だ(P133~135)

 ゾンビネコはたくさんの粒子でできているので、そのうち1つがいつ自発的に収束してもおかしくない。それが起こるとネコ全体も収束するので、収束が非常に稀にしか起こらないとしても、ネコのような大きいモノは、いつの時点でも、それらのうちの1個がすぐ収束して、一緒に物体のそれ以外の部分も収束する。結果、大きいモノはほぼ定常的に収束した状態にある(P135)

◎巧妙な仮説だが、物体の境界は何だろう?空気中の酸素分子や窒素分子1つは非常に小さいのではないだろうか?それは量子的動きをしないのか?

 粒子1個が10億年に1回程度、自発的に収束するとされる(P137)

 自発的収束理論によれば、人間が生まれたのは、単に適当な原子が適当な方法でぶつかり合って、最初の細胞ができたからだ。その細胞が自分を複製して新しい細胞をつくり、進化を生み、人間を作った。(P139)

 それはニュートンの宇宙と似ているが大きな違いがある。ニュートンの場合、原子の運動は予測可能で、未来は厳密に予測可能だった。すべての行動が分子や原子の運動の結果であれば、僕らには選ぶ自由がなく、自由意志がないことを意味する。自発的収束理論では、収束の宇宙は決定論的ではなく、本質的な不確実性が存在する(P140)

 君の体は自発的に収束する10穣(1京兆:兆=10¹² 京=10¹⁶ 穣=10²⁸)個の粒子でできている。このうち2%が脳中に存在し、思考、決心等を生み出している。それらが相まって君は君でいる。これらの粒子がランダムに予測不能な収束をするなら、君の脳は本質的に予測不可能になる(P141)

(自由意志)(P142)

①別の行動を取る能力

②選択の最終的な源泉となる能力

 選択とは、何か行動を起こさせる、脳内の一塊の活動だ。その活動には、最大1千億個の脳細胞が関わって、電気信号を交換し、その信号は量子的微粒子(水分子、Na⁺、C)等でできている。これらは量子だから、量子ルールに従っており、ときどき自発的に一か所に収束する(P144~145)

 帰結主義は、行いが善か悪かはを判断するには、結果だけを見るのが最良の方法だと考える。帰結主義は、自由意志があってもなくてもうまくいく(P151~152)

 

【第6章】

 ヒュー・エヴェレット3世が、収束が起こらない仮説の学位論文を提出した。観察者も2つに分身すると、一方の分身は生きているネコ、他方は死んでいるネコを見る。最終的に両者のタイムラインはどんどん離れていき、宇宙全体が全く異なる並行宇宙になる(P156~162)

 粒子は1個あって、最初は1か所にあった。量子力学の計算によると、粒子はすぐににじむように広がって、最終的には、同時に様々な場所にいるようになる(ハイゼンベルクの不確定性原理)。エヴェレットの理論では、粒子が広がった後の新しい場所のそれぞれが、マルチバースの新しい分岐の種になる。マルチバースはクレージーですごい速さで膨らむ一方だが、これは量子力学に収束の仮説を足していないからだ(P165)

 エヴェレットの学位論文の指導教官はジョン・アーチボルト・ホイーラーで、ボーアを心から尊敬していた。なので、エヴェレットのの研究にボーアの賛意をもらうことにこだわり、収束理論はボーアの理論全体の基礎だったため、ノーを返した。ボーアと周囲のコペンハーゲン学派の人たちは、エヴェレットの理論を理解せず、エヴェレットの解釈を異端とし、エヴェレットは物理の世界を永遠に去った(P166~171)

 科学は葬式の度に進歩する。科学は研究者が考え方を変えることではなく、研究者がこの世を去り、次世代の研究者が新しい考え方を受け入れることで進歩する(P172)

 

【第7章】

 時間は、どんどん狭くなる量子の穴(現在)を定め、僕らが歴史だと思っているものをも定めている巨大な偶然の積み重ねの中をどんどん進んで深いところへ僕らを連れていく。歴史こそが重要で、自分がこれまでいた場所を知ることは、僕らに大局観を与えてくれる(P175)

 エヴェレットのマルチバースが気持ち悪いのは、僕らの歴史とは何かという概念を変えるだけでなく、歴史があるとはどういう意味なのかを定義しなおす(P175)

 不確定性原理で電子が2か所に広がったとして、そのうち1つは、別の粒子にぶつかり、最終的に第三次世界大戦を引き起こす。別の1か所は宇宙の歴史に何も影響を与えない。2つの大きく異なるマルチバースの分岐の種がまかれている。これは太古の昔から起こり続けている。(P176~177)

 宇宙が始まった瞬間、僕らが知っている物理法則は破れていた。宇宙は陽子の10億分の1の大きさで、そこから急速に膨張した。宇宙のこの初期のフェーズで、宇宙の基本的な力(重力、電磁気力、核力)が現れ、最初の粒子が登場した。粒子は量子力学に従い、エヴェレット理論では、個々の粒子がハイゼンベルクの不確定性原理によって、薄く広がっていき、同時に多くの場所に存在するようになった。この繰り返しの結果、宇宙は、巨大なマルチバースになり、粒子のあらゆる配列の可能性が、並行する別個のタイムラインとして展開していた(P177~178)

 マルチバースは、無数の分岐を含み、各分岐宇宙では、天体の配置がサンざまに異なっていた。ごく稀に命を持たない原子の集団がうまい具合にぶつかり合って、偶然、巧みに自分自身を何度も繰り返し複製する分子をつくる現象も起きた(P178~179)

 この原始的自己複製分子は、時々間違いが起こって、不具合のあるコピーがつくられるが、これらは自己複製能力を失う。ごく稀に、オリジナルよりもっと上手に自己複製するコピーが生まれ、オリジナルとの競争に勝って、取って代わる。どこかの時点で自己複製子の1つが、シャボン玉のようなものの中に居場所を見つけ、最初の細胞らしきものが生まれた(P180~181)

 1950年代、ミラーとユーリーが、生命が初めて誕生した頃の地球の環境に似せて設計した装置の中に、数種類の無機化合物を混ぜたものを入れ、核酸塩基(RNAの部品)が生まれた。でも生命の部品が自発的に生じることが証明されても、その部品が特別な構造に並んで、自己複製する分子がつくられ得ることとは別の話だ(P181~182)

 エヴェレットの解釈なら、どんなに確率が低くてもマルチバースのどれかでは発生する。そして生命が進化したマルチバースの分岐しか人間は経験できない。僕らのいる宇宙は無数にある宇宙の1つに過ぎず、他のほとんどの宇宙には生命は存在しない(P183)

 進化によって生命が生まれる可能性は非常に低いので、生命が存在するような珍しい宇宙で、2回生命が生まれることは実質的にあり得ない(P186)

 ゾンビネコの銃を自分に向けてみる。量子自殺の実験では死んだ自分は世界を経験できないから、君が経験する唯一の宇宙は、実験で君が生き残る宇宙だ。なので君が生き残ることは保証されている(量子不死仮説)(P190)

◎くだらない議論。アキレスの矢だ

 量子不死仮説によると、君は自分が実験で生き残る宇宙を経験する。だが君以外のみんなは両方の宇宙にいて、さらに君が実験を繰り返せば、100のうち99の宇宙で死んでいる。結局、量子不死仮説が正しいとしても、君は君自身に対してしかそれを証明できない(P196~197)

 量子不死仮説の議論では、実験者が即死するという前提が外せない。しかし、銃が発砲されて数百ミリ秒後に君は生きていて意識もある。であれば、そのタイムラインに実際に経験できる何らかの出来事が存在する。君の意識は、一度その分岐に入ったら詣でられないので死に遭遇する。量子不死仮説はかなり怪しい(P198~200)

 

【第8章】

 君の脳のある神経細胞のすぐ横に、重要な電子が1個あるとして、それが両方向に回っている。一方が神経細胞にぶつかり、他方はぶつからず、宇宙のタイムラインが分岐する。一方の君は犯罪を犯し、他方は犯さない。分岐後の君は君自身か?(P205~206)

◎これもくだらない。それぞれの宇宙で君自身だ。以後の議論は無意味

 分身前の君と、分身後に存在する君は、同一人物とは言えないけど、別人とも言えない。どの人物も、分身前の君の一部だ(P212)

◎違うね。分岐した世界のそれぞれの世界で、分岐前の君は同一人物だ

 ディヴィッド・ルイスの理論によれば、1人の人間は一連の具体的分岐の産物で、マルチバースの1つの枝、1つの歴史の中にだけ存在する(P214)

 エヴェレットの理論で自由意志が物理的にあり得ないとなると、法律の体系の正当性が揺らぐ(P215)

◎自由意志の議論も無意味。人間の社会(法制度も)は便宜的なものであって、純粋なものじゃない。帰結主義(P151~152)を採用すれば足りる

 

【第9章】

 アインシュタインは、粒子の振る舞いは完全に決まっているのに、カギを握る変数が隠れているので、ランダムに振舞っているよう見える。それは錯覚だ考えた(P230)

 死後、ジョン・ベルが、アインシュタインが欲しいものリストの中身は不可能だと証明した(P230)

 

【第10章】

 デヴィッド・ボームは、二重スリット実験について、1つの粒子は、もっと大きなものの半分だけが見えている姿だ。各粒子はその動きを制御する波とペアになっている。波の役割は、周囲の空間に広がって、そこに何があるかを調べることだ。波の調査結果に基づいて、粒子の動き方が指図される。波は、周りの世界を調べる偵察者であり、環境にどう対応するかを粒子に指示する指揮者でもある。実験では、同時に両方のスリットを通り抜けるのは波だ。粒子ではない(P242~243)

◎ダメだね。

 決定論は、人の選択は無意味で、最初から努力しない方がましという意味と早合点しがちだが、それは運命論だ。ボームのような決定論的宇宙では、君は何かを自由に選べないかもしれないけど、実際には選択の重要性は高い。なぜなら決定論では、行動から結果の間が一直線だから。もし過去が未来を決めるなら、現在と君がする選択も未来を決める(P248)

 ボームの理論は、位置を表す変数を中心に据えて構築され、粒子が持っている観測可能な性質が位置だけがわかれば計算できるとしている。しかし、ボームのアプローチは運動量を選んでもうまくいく。その結果は完全に別の理論、別の世界観だ(P249)

 人間がつくる組織は、巨大なヒトの超個体だであり、超個体の利益を守るために超個体にも意識がある。同様に、僕らはその時の細胞内で繰り広げられている様々なプロセスの奴隷であり、細胞からなる体の部品の願望や欲望に一致しなければ何一つ実行できない。僕らの行動は、ヒト超個体同様、自分の意識でコントロールできない要因に束縛されている(P250)

 多くの人が想像する意識の連続体(原子→細胞→昆虫→人間まで意識が切れ間なく存在している)という考えは、意識を知覚する僕らの能力の内にある連続体かも(P252)

 

【第11章】

 直感的には、意識を持った生き物は物事を感じる能力があるから、悪い感覚を与えるのは悪いことだ(P264)

◎一般的には、自分の仲間と認めるかどうかが基準となっている。意識の有無ではない

 僕(著者)はエヴェレット派だ。理論としては不完全だと思うが、エヴェレット的マルチバースは結構な確率で最終理論の一部になると思う(P272~273)