(目次)
はじめに
第1講 精神疾患の脳科学(総論) 心が病気になるんじゃない。原因は脳にある
脳科学とは
精神疾患の研究方法
精神疾患研究の現在地
精神医学の歴史
第2講 脳科学の基本と発達障害~脳が変化する時
脳の特徴
脳の発達と可塑性
発達障害
第3講 精神科診断学と統合失調症~診断の光と影、自我の境界に迫る
精神医学的診断とは
精神医学的診察と精神症候学
統合失調症
統合失調症の診断と治療
統合失調症の脳科学
第4講 うつ病に見る精神医学の課題~シナプスの変化と回復のしくみ
うつ病とは
「うつ」をめぐる混乱
さまざまなうつ病
うつ病の治療
うつ病の脳科学
第5講 双極症からひもとく脳科学の研究戦略~基礎研究と臨床現場の懸け橋
双極症とは
双極症の診断
双極症の治療
双極症の脳科学
第6講 不安スペクトラムにみる心理学と脳科学のアプローチの違い~心と脳をつなぐ試み
神経症とは
不安スペクトラム
心理学と脳科学
おわりに
【第1講】
個々の遺伝子の影響が小さくても、何千もの遺伝的要素を統合して、「病気のかかりやすさ」を数値化する(ポリジェニック・リスク・スコア)(P22~23)
神経性やせ症は、脅迫症に近い遺伝的体質を持っており、糖尿病とは遺伝的に逆相関がある:糖尿病は少しの食事で体重が増えやすい⇔神経性やせ症は少し食べないだけで痩せやすい(P23)
◎これ、逆相関なのか?
波長の短い光(高エネルギー光)は組織内で散乱・吸収されやすく、深部まで届かない。近赤外線は、波長が長く組織を透過しやすい。パルスオキシメーターは、指先に近赤外線を当てて、血中酸素飽和度や脈拍を測定する。近赤外線を組織の内部で焦点を結ぶように照射すると、組織内の局所で光子密度が高まり、あらかじめ短波長光で蛍光を発するタンパク質を発現させた神経細胞を励起できる(2光子励起現象⇒2光子顕微鏡⇒生きた動物の脳深部を直接観察可能(P27)
オプトジェネティクス(optogenetics光遺伝学)では、マウス等の脳内にある特定の神経細胞(前頭前野のニューロンの中で扁桃体に投射しているもの等)を狙い撃ちする
⇒ウイルスベクター(遺伝子の運び屋)を使って、その神経回路だけにチャネルロドプシン(光感受性タンパク質:光が当たるとNa、Cl等のイオンを通す性質を持つたんぱく質)を発現させる
⇒チャネルロドプシンを発現させた神経細胞に光ファイバーを通して光を当てて、神経細胞を意図的に興奮or抑制できる
⇒特定の神経細胞を操作したときの動物の行動の変化を直接調べる(P28~29)
シナプティックオプトジェネティクスではでは、新しく結合させたたんぱく質(新しいスパインに集まる)を利用
⇒新しいスパインの周辺に光を当てる
⇒学習によって形成されたばかりのシナプスだけを壊す
⇒学習の基盤はシナプス可塑性にある(仮説)を直接的に証明(マウス実験)(P30~31)
iPS細胞をシャーレにまいて神経細胞に分化させると、二次元的(平面的)な神経組織になるが、これをゲルに埋め込んだり、培養環境を揺らしたりし三次元的(立体的)に配置し、あらゆる方向に神経突起を伸ばせるようにする(脳オルガノイド)(P33)
統合失調症の患者のiPS細胞からつくったグリア細胞をマウスの脳に移植すると、社会行動の変化がみられる⇒グリア細胞も統合失調症の発症に関与している(P33)
自閉症スペクトラム症で多くの変異のみられる遺伝子群は、バルブロ酸投与で発現が低下する遺伝子群と似ている(P35)
計量論理的精神医学は、脳の情報処理プロセスを数理モデルとして表現し、脳の動作原理を探求する(P36)
ディープラーニングの弱点:人間の脳に比べて膨大な学習量を必要とすること
⇔人は1回の経験で学習できる(innate behavior)
⇒本能の本質は、進化の過程で獲得し、ゲノムに刻まれた能力
⇒人間には情動(生まれつきの感覚)があるが、AIには情動がない(P36~37)
◎本能と情動を同義に使っているのか?情動を遺伝子に基づく感覚と定義すると、AIに情動を組み込むことは無理に見える
【第2講】
(脳の特徴)
①部位ごとに違う動き:機能局在
②多彩な細胞の共演
③神経細胞は電気で興奮する
④シナプスは科学でつなぐ
脳幹はモノアミン神経系(セロトニン、ドパミン、ノルアドレナリン、ヒスタミン)を司り、大脳皮質全体を調節する(P60)
モノアミン神経系は、軸索から拡散して広域を調節する拡散性伝達(ボリュームトランスミッション)を担う(P61)
手綱核(たづなかく)が働くと、ドパミン神経が抑制されドパミンが出にくくなる。うつ病では手綱核が過剰に興奮し、 快楽を感じられなくなる(P61)
(多彩な細胞)(P62~63)
神経細胞 興奮性
抑制性
グリア細胞
アストロサイト
⇒血管の周囲を覆い、物質透過性を調整+シナプスを取り巻き働きを調整
ミクログリア
⇒脳の免疫細胞で異物取込み処理+シナプスを食べて神経回路を調整
オリゴデンドロサイト
⇒髄鞘を作り伝達速度を大幅向上
血管をつくる細胞
ヒト細胞アトラス(Human Cell Atlas)プロジェクト:2023年
⇒3人の脳から100か所の組織(1か所につき数千個の細胞のRNA)を採取、シングルセルRNAシーケンス技術で細胞(細胞核)ごとのRNA発現を解析
⇒人の脳には、大分類で31種類、中分類461種類、3313種類の細胞が存在(P63)
細胞の膜は、内と外でイオンを汲み出し、取込みで電位差をつくる(分極)
⇒細胞膜のチャネル(イオンを通す)が開くとイオンが一気に流れ込み電位差が一瞬で失われる(脱分極:神経細胞が興奮する:電位差が失われること)(P65)
他の神経細胞からの入力が樹状突起に届くと、イオンが少しずつ細胞内に入り、それが重なることで電位差が徐々に減っていき、閾値を超えると一気に脱分極が起こり、活動電位(インパルス)が発生する(P65)
1つの神経細胞が興奮するには、多数の神経細胞からの入力が必要で、それを統合して複雑な計算を行うのが脳のしくみ(P65)
神経細胞の中は電気のやりとりだが、次の細胞に渡すときは、化学信号(P66)
神経細胞の端には神経伝達物質を詰めた袋があり、これが放出されて次の細胞の受容体に作用。軸索先端のプレシナプスから樹状突起の棘(スパイン)にあるポストシナプスへと信号が渡される。この構造全体がシナプス(P67)
神経細胞=軸索1本+樹状突起多数(P67)
神経伝達物質:アミノ酸、アミン、ペプチド
⇒興奮性:グルタミン酸⇔抑制性:GABA(ギャバ):脳の基本的計算を支える(P67)
ヒトの脳の特徴は、生まれた後も経験に応じて、神経回路が繋ぎ変えられること
⇒多くの領域は、大人になってからも学習や記憶によって変化を続ける(P69~70)
ネオテニー(幼形成熟):未成熟の姿を残したまま性成熟に達する(ヒトの特徴)
⇒SRGAP2遺伝子が340万年前と240万年前に増加、シナプスの成熟を抑える働きを獲得⇒人の脳は成熟が遅れて、未熟なまま保たれる仕組みが備わった
⇒皮質の表面積が拡大し、多くの経験を糧に脳を柔軟に変えていく力を獲得(P70)
グルタミン酸がシナプスに到達すると、AMPA受容体が働き、Na⁺が流れ込む
⇒刺激が繰り返され、相手の細胞が脱分極しているときは、NMDA受容体が開き、Ca⁺が細胞内に入る
⇒Caの流入は、この刺激は重要と細胞に知らせる合図となる
⇒スパインが大きくなり、AMPA受容体が集まってシナプスの働きが強化
⇒NMDA受容体が、長期増強(LTP)を引き起こす(P71)
脳が行う学習や記憶は、秒単位~分・時間・日単位で積み重なっていく(P73)
⇒分子レベルの変化~シナプスの形の変化~神経細胞の突起の伸長、新神経細胞形成等あらゆる変化が記憶、学習に関わる(P73)
ジャグリングを一生懸命練習すると、手の動きを司る領域でなく、動く球を目で追う視覚に関わる領域が大きくなった(P73)
初めて出産したマウスは、子どもを見て触れていくうちに、視床下部の内側視索前野でBDNF(脳由来神経栄養因子)が働き、脳が少しずつ変わっていくことで子育てができるようになっていく(P74)
(発達障害)(P75~76)
①自閉スペクトラム症(ASD):1歳6か月検診、3歳児検診で特性チェック
②注意欠如多動性(ADHD):小学校低学年で目立つ。精神刺激薬が有効
③学習障害(LD)
ASDの中心的症状は、対人相互作用やコミュニケーションの障害。特に対人認知困難
⇒他の人も自分と同じように相手を見ているという基本的理解ができていない
⇒常同性や興味の範囲の狭さ
自閉症の本質を、社会的相互作用の質的障害+コミュニケーションの質的障害+想像力の障害と行動・興味の限定性に整理、早期幼児自閉症とアスペルガー症候群を1つの連続体としてとらえる(ローナ・ウイングの仮説)(P79)
ASDは、遺伝的要因が大きい:発症率が一卵性双生児>二卵性双生児=兄弟と同程度
⇒ASDでは、てんかん性の異常脳波が多くみられ、脳機能そのものに異常が及ぶ(P79)
⇒染色体異常、コピー数変異(染色体の小変化) が発症に影響
⇒デノボ変異(子どもに生じた変異)が10~15%
⇒高齢父親でデノボ変異増加(P80)
環境要因:妊娠中にバルブロ酸(抗てんかん薬)に曝露でASD発症リスク増加(P80)
自閉症では、生後6カ月~5歳で、脳が大きい(P80)
軸索の先端からNLXN1(ニューレキシン1)が、樹状突起のスパインからNLGN3or4(ニューロリギン3or4)が突き出し、両者が結合することで神経細胞同士を安定的につなぎとめている(P84)
ASDに関連する102個の遺伝子を特定
①遺伝子発現の制御に関わる遺伝子
②神経細胞間のコミュニケーション、特にシナプス機能に関わる遺伝子(P84)
ヒストンの一部がメチル化されることで遺伝子の発現に対する指令が出る。KMT2Cは、ヒストンのメチル化を担う酵素を作る遺伝子で、ASDの原因遺伝子の1つだ(P85)
自閉症モデルマウスでは、シナプスができやすく消えやすい。シナプスを安定させる仕組みが損なわれる⇒脳のネットワークが不安定になり、ASDの症状が出てくる(P86)
KMT2Cたんぱく質は、ヒストンのメチル化に関わっているが、これが制御している遺伝子と発現が増えている遺伝子との間には相関関係がなく、発現が減っている遺伝子とは大きな重なりがある。KMT2Cは、転写、翻訳レベルで遺伝子発現制御に関わる遺伝子群に作用し、それを介して間接的にシナプス関連の遺伝子に影響している(P87)
変化の出発点となる原因細胞は:射状グリアの段階で大きな変化が起きている(P88)
バフィデムスタット(vafidemstat)(ヒストンのメチル化を改善させる化合物)投与で、変異マウスで社会行動の異常が改善(他のマウスに関心を示さなかったのが、興味を持って近づくようになった)(P88)
注意欠如多動(Attention Deficit Hyperactivity Disortder)症は7歳未満までに症状が現れる。①不注意(大人まで残る)②多動③衝動性(②③は小学生までに改善)(P91~92)
ADHDに有効な薬は、ドパミン、ノルアドレナリンに作用する薬(P94)
(ADHDの病態仮説)(P95~96)
①実行機能の障害:前頭葉機能低下⇒計画的行動、注意持続の働き低下
②報酬系の障害:ドパミン機能の低下
③小脳の障害:時間感覚の障害
④デフォルトモードネットワーク(DMN:安静時に活動が高まる脳領域)の機能低下
認知症の原因は、本来は立体構造を持って働いているタンパク質が、崩れて線維状に固まって機能せず、周囲の正常タンパク質を巻き込んで悪化していく状態(P99)
【第3講】
診断とは、治療や理解を深めるための道具。診断の目的は、治療方針を決め、経過や予後を見通すこと。病状の説明、医療スタッフの共通言語として機能(P103)
診断基準:①DSM、②ICD(P104)
診断の出発点は、①面接、②観察(P110)
錯覚:対象を誤って知覚⇔幻覚:対象なき知覚⇒幻聴、幻視、幻臭等(P114~115)
統合失調症は、思春期~青年期に多発。陰性症状(意欲低下、感情の乏しさ等)が続く中で、陽性症状(幻覚、妄想)が発生。治療によっても、陰性症状が残ることも少なくない(P117)
自我の障害:シュナイダーの1級症状:幻聴、作為体験(させられ体験)、思考奪取(P122~123)
陰性症状:その部位が持っていた機能が失われることにより発生
陽性症状:その部位の機能が失われることで、他の脳部位から出てくる普通は存在しない症状の発生(P124~125)
陰性症状と陽性症状が同時に出る統合失調症は、自我の機能が失われている(P125)
統合失調症の治療:①急性期:抗精神病薬、②寛解、③再発予防(P131)
ドパミンは刺激のうちどれが重要(セイリアンスsalience)かを選ぶプロセスに関与⇒過剰放出で、全ての刺激が重要に感じられる(P137)