生命の跳躍 ニック・レーン著 2010年12月みすず書房刊

(目次)

はじめに 進化の10大発明

1 生命の誕生 変転する地球から生まれた

2 DNA 生命の暗号

3 光合成 太陽に呼び起されて

4 複雑な細胞 運命の出会い

5 有性生殖 地上最大の賭け

6 運動 力と栄光

7 視覚 盲目の国から

8 温血性 エネルギーの壁を打ち破る

9 意識 人間の心のルーツ

10 死 不死には代償がある

 

 スタンリー・ミラーは、水と木星大気を構成していると考えられていたアンモニアとメタン、水素の混合物に電気火花を散らした。数か月後に原始スープ(数種のアミノ酸を含む有機分子の混合物)が生成されたことを実証して、これを生命の起源とした。

 しかし、太古の岩石に分析から、地球には少なくとも巨大小惑星衝突後、月ができた後は、メタン、アンモニア、水素が豊富になかったことが分かった。

 そもそも、減菌したスープを数百万年放置すると、中身は分解される。放電があっても同じで、そこに生命は現れようがない。

 生命は、平衡からかけ離れた状態にある水素と酸素の反応によって、エネルギーを取得し放出するという活動であるのに対し、原始スープは、熱力学的に平坦であり、平衡の崩れがないので、生命発生の契機とはなりえない。

 熱水噴出孔は海嶺の断裂帯に沿って存在するが、この火山活動の中心から遠く離れた場所でプレート同士がぶつかると、片方のプレートがもう片方のプレートの下に潜り込む。その際、近くの下の層に当たるマントル由来の岩石が露わになる。

 この新たに露出した岩石と海水の反応により、岩石に水が取り込まれ、蛇紋岩が生成する。この反応により、岩石が膨張しひび割れるため、さらに海水が侵入して反応が延々と続き、水素等の大量のガスと熱エネルギーを放出する。

 ここで生成される熱水噴出孔(アルカリ熱水孔)は多孔質で繊細なアラゴナイト(霰石)の壁を持つ微小な部屋が集まっている。このアルカリ熱水孔では生成した有機分子が保持・濃縮され、RNAなどのポリマーが組み立てられやすくなる。

 今日のすべての生命は、クレブス回路(クエン酸回路)という共通の代謝システムを持っている。通常、クレブス回路は、食物からの有機分子を消費して水素と二酸化炭素を放出するが、逆に、ATPを消費してエネルギーを生み出すための水素を少しずつ生成する。

 このクレブス回路の逆転は、熱水噴出孔に棲む細菌では比較的よくみられる。この回路の逆転は原始的ではあるものの、二酸化炭素を生命の構成要素に変える重要な手立てである。

 アルカリ熱水孔は、継続的にアセチルチオエステルを生み出して、より複雑な有機分子ができるきっかけと、その分子をつくるのに必要なエネルギーの両方を提供している。

 二酸化炭素の溶存によって酸性になっている海に、熱水孔がアルカリ性の流体を吐き出すことにより天然のプロトン勾配ができる。生命は、この勾配を利用することで生命活動に必要なエネルギーを得ることができた。

 最初の生命は、複雑な分子やエネルギーを生み出す多孔質の岩石で、すぐにタンパク質やDNAの生成にまで至った。

 DNAのトリプレットをなすコドンの最初の文字とアミノ酸の前駆体の間には結びつきがある。ピルビン酸を前駆体とするアミノ酸のコドンの最初の文字はTである。Cはαケトグルタル酸、Aはオキサロ酢酸である。

 アミノ酸の前駆体は、どれもクレブス回路の一部に存在し、アルカリ熱水噴出孔でできる。

 コドンの2番目の文字は、アミノ酸の疎水性と関係している。Tは疎水性が高いのに対し、Aは親水性が高い。GやCはその中間である。

 コドンの3番目の文字は、情報がないことが多く、その意味で自由度が高い。

 つまり、どのアミノ酸ができるかは、ジヌクレオチドとしてペアになる文字(コドンのコード)によって決まる。

 熱水孔では、大きな温度勾配があるので、その細孔にはヌクレオチドを極端なまでに濃縮し、RNAの形成を促す。やがて同じ勾配がRNAも濃縮し、分子間の物理的な相互作用を高める。そしてついには温度の振動がRNAの複製をも促す。原初のRNAワールドはこのようにして成立した。(仮説)

 真正細菌古細菌は、同じ熱水孔に現れた可能性がある。両者は、遺伝コードやタンパク質合成プロセスを共通にしているからである。

 しかし、DNAの複製に必要な酵素の大多数は共通していない。このことは細菌と古細菌が遠い昔に分岐していたことを意味する。

 細菌と古細菌の共通祖先は、自由生活性の生物ではなく、熱水孔の鉱物の「細胞」である。(ビル・マーティンの仮説)

 RNAのウラシルにメチルが加わるとDNAのチミンになる。RNAをDNAに変えるには、逆転写酵素が必要だが、これはHIVなどのレトロウイルスが持っている。

 光合成で利用される太陽エネルギーは、水を水素と酸素に分解するのであって、酸素は二酸化炭素が分解して得られたものではない。

 水を必要とする光合成は酸素発生型光合成であるのに対し、原始的な細菌の中には溶存する鉄や硫化水素を利用するものもいる。水を構成する原子の結合はすばらしく安定的であるのに対し、硫化水素や溶存する鉄から光合成に必要な電子を取り出すほうがはるかに容易である。

 光合成のいわゆる「N機構」第1画の上る反応ではエネルギーの付加が必要であり、第2画の斜めに下る反応ではエネルギーが放出され、ATPとして保存され、次の第1画のエネルギーとして利用される。

 初めに1つの光化学系があって、太陽光を使って硫化水素から電子を引き抜き、二酸化炭素にそれを押し込んで糖をつくり出した。ある時点で、シアノバクテリアの祖先で遺伝子が複製された。複製でできた2つの光化学系は異なる用途のもとで分化した。2つの光化学系は、環境に応じてスイッチのオン・オフを切り替えていたが、やがて光化学系Ⅱで、環境から余分に入ってくる電子で回路が詰まってしまった。そこで、2つの光化学系が同時に働けるよう変異が適合した。

 真核生物には、ほかの細胞を丸ごと飲み込んで消化する「食作用」がある。何らかの理由で消化し損ねた結果、葉緑体ミトコンドリア等が細胞小器官として存在することになった。

 地球の全生物は、細菌、古細菌、真核生物の3グループに分類される。古細菌は、細胞膜を構成する脂質、細胞壁代謝経路、DNAの複製を制御する遺伝子等あらゆる点で細菌と異なる。

 一方、カール・ウーズの系統樹古細菌と真核生物が驚くほど近縁であることを示している。特に中核的な情報処理において、両者には共通点が多い。DNAを包むたんぱく質(ヒストン)、遺伝子の複製と読み取りを行う方法、タンパク質を合成する仕組み等である。

 真核生物は、錯綜した混成体であり、何らかの大規模な遺伝子融合によって進化した。遺伝子の視点で見れば、最初の真核生物は、半分が古細菌でもう半分が細菌というキメラだった。

 真核細胞の起源が、キメラでない原始食細胞だったのか、それとも2種類以上の原核細胞間で何らかの協力関係が生じ、それらが緊密に結びついた細胞の共同体(キメラ)を形成するに至ったのかという2つの仮説がある。

 しかし既知の真核細胞はすべてミトコンドリアを今も持っているか、過去に持っていた。するとキメラでない原始食細胞説の根拠は薄弱となる。

 なお、5700の遺伝子をもとに超系統樹をつくった研究によれば、宿主細胞は古細菌であり、現生のテルモプラズマに最も近いかもしれない。

 ミトコンドリアは遺伝子を修める場所としてはまずい。ミトコンドリアは百分の数ミリメートルの膜を挟んで電荷を発生させて、稲妻に匹敵する電圧を生み出している。そこにゲノムが残されているのは、局所的に電圧の微調整を行う必要があるためである。

 ミトコンドリアが真核細胞の進化を可能にした理由は、エネルギーを生み出すのに適した内膜系を、呼吸の局所的な制御に必要な遺伝子の出張所とともに提供してくれた点にある。

 宿主細胞がミトコンドリアを獲得して初めて、膨大なエネルギーコストをかけずに、大型で活動的な食細胞に進化することができた。

 最初期の真核生物は、イントロンの侵入を受けたが、真核生物のRNAは十分な速さでイントロンを切り出すことができなかった。そこで、リボソームがタンパク質合成にとりかかる前にイントロンが組み込まれたRNAをハサミで切り出すまでの時間稼ぎが必要だった。この時間稼ぎは、空間を隔てることで達成可能である。

 真核生物の核は遺伝子を保護するためというより、細胞質内にあるリボソームから遺伝子を遠ざけるためだったのである。

 有性生殖はクローンとの比較で高コストである。雑種強勢は悪い遺伝子の影響を良い遺伝子ので覆い隠すことができるが、これは近親交配の欠点であって、有性生殖の利点というわけではない。

 有性生殖の役割は遺伝子をいじくることにより過去に存在してなかったような新しい組み合わせをつくり出すことにある。寄生虫は寿命が短くどんどん増殖するため急速に進化している。有性生殖による多様性の確保は、これに対抗するという意味で有益である。(ウィリアム・ハミルトンの仮説)ただし、コンピュータ・シミュレーションによると、この仮説が成り立つのは寄生虫の感染率が高く(70%超)宿主の適応度に対する寄生虫の影響が甚大な(適応度低下率80%超)場合のみとされる。