マネーの鉄則 岡崎良介著 2010年11月日本経済新聞出版社刊

(目次)

はじめに

序章 時計の針は戻らない

第1章 ポイント・オブ・ノー・リターン 衰退国転落の実像

第2章 先人たちの失敗 軽視された「現金」

第3章 新しい経済理論 「信用緩和政策」という第3の道

第4章 検証・相場ローテーション

第5章 株価底入れのシグナルを探せ

第6章 信用リスク循環から不況脱出のシグナルを読む

第7章 石油危機と金融危機の相似形

第8章 「相場ローテーション」を使った大胆予測

終章 マネーの鉄則

 

【はじめに】

予測① 今回の米国の景気回復のピークは2014年4月頃となる

予測② 米国の不動産REIT市場は2013年4~5月頃にピークをつける

予測③ 米国株は2014年1~3月頃にピークをつける

予測④ 米国株のピークの水準はS&P500で見て、1623ポイントあたりとなる

予測⑤ 米国株価ピークをつけるときに相前後して日本株もピークをつけるが、その時の日経平均株価は17400円~19600円となる

予測⑥ 米国の本格的な利上げは2012年以降となる

予測⑦ 米国信用リスクは2012年後半から2013年前半にかけてボトムアウトする

予測⑧ ドルの大底確認は米国の量的緩和策が終了してからであり、その時期は2012年以降にずれ込む

 

【序章】

 私(著者)自身、2007年1月から米国REIT市場が下落トレンドに入り、それが不動産市場の崩壊→サブプライム・ローン問題の発生→信用リスクの上昇→株価の下落→景気の後退、という図式はある程度イメージしていたが、リーマン・ブラザーズが消滅することまでは予想できなかった(P16)

 2008年7月の時点で、米国株の下落率は高値から24%の下落だったのだから、通常の景気後退期に発生する株価の下落率としては十分なものだった。今回の株価の下落は半分が景気後退、残り半分がリーマン・ショックのせいだったと言える(P18~19)

 どんな形態にせよ、会社を潰す、潰さないは債権者が決めることだから人為的な出来事のはずだが、誰もリーマンを救おうとはしなかった。リーマンは、あまりにも性急な成長やビジネスにおける傍若無人な振る舞い、同業者や政治家に対する傲慢な態度などにより市場(関係者)から嫌われていたのだろう(P20~21)

 米国GDPにおける金融及び不動産セクターの割合は、戦後10%から上昇を続け20%に達した。同期間の同セクターに従事する人の割合は、4%から6%に上昇した後横ばいに転じている。米国では、他の産業がじり貧となる中で、金融・不動産業だけが際限なく稼ぎ続けてきた。格差社会が生じた(P23~25)

 GMJAL自民党の敗北と下野は、年金・退職者医療という長期的・固定債務の異常な大きさが原因である。あつデフレのなって負担が顕在化した。欧米企業は、デフレ。売上減少などの問題を、レバレッジ型の経営に求めてきた。この仕組みは、リーマン・ブラザーズに代表される投資銀行のビジネスモデルと同じである(P27~31)

 2008年の時点で、有権者中の年金受給者の割合は1/4で、試算では2015年に1/3、2040年以降1/2となる。民主主義では、勝つのは多数派なので、債権者である年金受給者は、国のB/Sがこれ以上拡大しないように今後の政治をコントロールしていく。よって、日本は、今後思い切った景気対策を打つことはない(P36)

 

【第1章】

 2001年3月末、約240兆円をピークとして家計における生命保険残高は、毎年4%のスピードで減少してきた。生命保険という金融資産は、日々の生活のために削られていった(P41~42)

◎生命保険は、現役の働き手が死んだときに残された家族の生活保障のために積み立てられるべきものだ。とすれば、現役を退いた者が多数を占めるようになれば、生命保険が不要となり、残高は当然に減少する。

 

【第2章】

 先人たちは、「財政赤字長期金利の上昇をもたらし、それがまた利払費用の増加を通じて財政赤字の増加をもたらす」というシナリオを描いた。しかし、現実には長期金利はちっとも上がらなかった。その理由として、経済学者、エコノミストはたちはデフレの進行をあげた(P50)

 日本の失業率は1992年あたりから上昇傾向にあり(2.0%→5.5%)、同時にその少し前から設備稼働率も低下基調(100%~85%)にあった。失業者と休業状態の工場が溢れていたので賃金も物価も上がらず、そんな状態では儲かる話もないので誰もお金を借りない。資金需要がないので長期金利がずるずる下がった(P53~54)

 長期的なドルと円の関係は、構造的な要因による一方的なトレンドではなく、極めて循環的なパターンで動いてきた。その原動力は、日本の財政赤字問題や不況、デフレ等の景気循環に起因したものではない。米国における景気後退リスクが高まったとき政策金利が先行して動かされた場合にのみ、はっきりとした円高ドル安パターンを見せている。それが杞憂に終わり、米国の経済成長が軌道に戻ればドルが買われ、円が売られた。こうして4~5年を1回転とするサイクルが生まれた(P57)

 第二次世界大戦が始まる直前は、1ドル=4円50銭前後だったのが360円まで切り下げられたのだから、日本経済は通貨を1/80に切り下げることで経済成長を遂げたことになる。その後、長い円高傾向が続くのは当然である(P63)

 我々の属する資本主義社会において、新興国が新しいメンバーとして貿易・資本の自由な取引を行うためには、まず決済通貨として常にドルを持たねばならならず、潤沢な外貨(ドル)準備を持たねばならない。よって、米国の経常赤字、ドルの下落が前提とされている(P63~64)

 もっとも効率的で安定的なはずの国際分散投資が、2007年6月から負け続けた。その理由は何かに焦点を当てて分析を進める(P68~70)

 日本のバブル崩壊(1990年7月~9月)もリーマン・ショック(2008年9月)も原因は、現金需要の急激な高まりである。1990年の日本では金利が異常に引き上げられたため急激に現預金が枯渇した。2008年の米国では、不動産の多額の借金返済に追われ、ただでさえ現預金が少ないところに、給料の減額や失業などの悲劇が重なり、利息が払えなくなるところまで追い詰められた(P73)

◎日本の場合は、それまでの過剰流動性を放置してきた日銀のお粗末な金融政策の結果だと思うし、米国は、民主党の無理な持ち家政策により生まれたサブプライムローンと新たな金融技術の合わせ技によるバブルの生成とその崩壊が主因でしょう。現金に対する需要は、バブル崩壊の最後の場面でシステミックリスクが顕在化したときに最大となったもので、それを「原因」と言ってしまっていいかどうかは疑問がある。

システミック・リスク発生のメカニズム)

①不況になり、所得が減る。または金利が急上昇して利払いが増え、所得が減る

②債務の支払いや、所得の不足を補うために現金が必要となり、仕方なく資産を売る

③資産価格が次々と下がり、担保価値が下がる。倒産リスクが上昇する。債権者が現金の支払いを強要し、資産が下落する

④現金需要が急増したためすべての資産が次々と売られ、ついに分散投資は崩壊し、システミック・リスクが発生す

 

【第3章】

 銀行は、貸出先を分散する。優良企業(低リスク先)は低利、弱小企業(高リスク先)には高利で貸し出すことで、全体として収益の最大化を目指す。好景気時は、相対的にハイリスク先の比重が高まり、不況時には低リスク先にシフトする。この時金融政策が金融緩和状態にあり、政策金利が引き下げられていてもその効果は弱小企業には及ばない(P83~87)

 社債スプレッド(社債利回りー国債利回り)は、2008年12月に6%を記録したが、それまでの半世紀は0%~4%の範囲で循環的に拡大・縮小を繰り返してきた。金融緩和が始まった2007年秋から、FRBの利下げにより国債利回りは切り下がったが、社債利回りは上昇した。この上昇の原因は、投資家たちの疑心暗鬼である。これは、1990年、1981年、1980年、1973年における米国の景気後退期に共通しており、政策金利は低下していたのに、信用リスク上昇(社債スプレッド拡大)と実質GDPの低下が同時に起こっていた(P89~96)

 公共投資を中心とした財政政策は、少なくとも先進国では、その後の膨大な財政赤字が待っており、経済政策は袋小路に陥っている(P96~97)

 ひとたび金融危機の発生が人々に意識され、いつ「解約」が起こるかわからない事態に陥れば、金融機関はリスク性資産の比率を引き下げるしかない。不確実性が増す際の現金需要の急増が生じる。これは投資の現場におけるストップロスと同じ原理である(P99~100)

 米国で現預金保有割合が負債比で減り続けたのは、1990年代以降金利が下げ続けたことに原因がある。低利の現預金より、借金して投資したほうが得という考え方が優位になり、レバレッジ型経営が流行した。結果、高金利に転換したときのリスクへの耐性が失われた(P105~106)

 FRBは、金融機関が保有する様々な資産を購入し、自らのB/Sがボロボロになるまで資金供給を続け、FRBの総資産は9000億ドル(2008年8月末)から2兆2400億ドル(2009年末)に膨れ上がった。特に集中的に買い入れたのは、政府系住宅金融公社発行のエージェンシー債とエージェンシーMBS不動産担保証券)で、その保有残高は2009年末時点で、FRB保有の総資産額の48%(1兆681億ドル)を占めた。当時、「FRBが破産し、米国も破産する」との批判があった。しかし実際にはFRBの2009年純利益は、前年比47%増の521億ドルの過去最高を記録した(P108~109)

 FRBの新金融政策=信用緩和政策は、金融危機の本質である現金需要の急増に着目し、資金供給を断行したが、交換対象を金融機関が最も手放したかった不動産関連の証券に集中させた大英断だった。この危機の際、日銀の資産総額は110兆円(2008年9月)から123兆円(2009年末)に11%増加した。日銀は漫然と事態を観察していたのみだった(P108~110)

 

【第4章】

(トレンドの定義・サイクルの長さ)(P113)

 大ローテーション      小ローテーション

・株式:+30%、-20%    ・長期金利:±1.5%(変化幅)

・不動産:±20%        ・為替:±15%

・金・原油:±20%       ・CRB(商品総合指数):±15%

 2006年5月、商品相場が天井を付けた後、長く幅のある大きな下降トレンドに入っていたはずだが、その下降トレンドは2007年1月に終了し、驚くべき急上昇となった。その原因は、中国等の新興国の経済が急成長したことによる資源インフレとされる。相場ローテーション的には、最初のボトム2007年1月は、不動産のピークと一致しており、不動産から商品にお金が流れたものだろう。米国景気が失速しても、新興国の発展は止めようがなく、その結果商品市場の上昇も続くというのが新しい見方だった。やがて、商品市場の上昇が世界中にインフレをまき散らした。その結果、2008年5月欧州は政策金利の引き上げを断行した。そこで世界の投資家は、協調体制の足並みの乱れを察知して、同様の条件のもと発生した1987年10月のブラックマンデーを思い出した(P125~126)

(9つの法則とデータ)(P127~138)

①米国REIT指数が高値から15%以上下落すると、その時点から1年以内に、米国株は高値から20%以上の下落となる。NA-REIT指数が過去3回大きな山をつけた後、米国株も必ず下降トレンドに入った

②米国株が20%以上下落すると、日本株も20%以上下落する。米国で発生した10回の下降トレンド(20%以上の株価下落)に前後して、日本株は8回、20%以上下落した。例外は、1980年2月~3月(22%下落)と1980年11月~82年8月(28%下落)

③米国が利上げしてから、平均7月後にドル高・円安へと方向転換する。変動相場制後、米国は9回、引き締めを行った。うち8回は、タイムラグを伴いながらドル高・円安にトレンドの方向転換を生み出した

④米国が利上げ期間にあっても、利上げ開始後平均2年3月後には、ドル安円高へと方向転換する

⑤米国長期金利がボトムアウトしてから、平均1年4月後、ドル高円安の転換する

⑥CRB指数がピークアウトしてから、平均1年半後に、ドル安円高に方向転換する。CRB指数がボトムアウトしてから、平均2年4月後にドル高円安に転換する

⑦円はユーロに遅れて循環し、対ドルで見て、円の安値はユーロの安値から1年11月以内に、円の安値はユーロの高値から1年2月以内に訪れる

円高の時代こそ、日本株投資に有利になる。1987年~88年、1995年、1998年(ロシア危機)のどのケースでも、円高が進む中で、日本株は大底をつけ、そこから85%、56%、62%の上昇を遂げている

⑨米国不動産市場の上昇は、日米欧の協調利下げから始まる

 

(法則検証)(P127~138)

①2007年6月末、NA-REIT指数は、高値から15%下落が発生。2007年10月をピークとして、米国株は1年5月、56%の下落トレンドに転換した

②米国株ピークは2007年10月(以後56%下落)、日本株は2007年10月(同61%)。先行指標でなければ意味がないかな?

③2004年6月、米国引き締め転換、ドル円2005年1月転換。ドル円は米国2年物金利との金利差の動きで説明できる(田中泰輔)と同じこと

④⑤⑥は、ドル円は2年物金利金利差で説明できるとすれば、法則④⑤⑥は意味がなくなる

⑦は、どれほど使えるか検証が必要

⑧も検証が必要

⑨は、どういう使い方ができるかわからない

 

【第5章】

(基本的経済観)(P142~144)

①資本主義社会は、休むことなく発展し、その勢力範囲を地球の果てまで広げ続ける

②発展の中で、景気の拡大と後退は、絶えることなく循環を繰り返す

⇒永久的な不況、果てしないインフレ等の絶望的な予測は間違っている

 

 米国では1929~2001の13回の景気後退では、20%の下落を生じた10回のうち、その後の反発ではすべてのケースにおいて50%以上の回復を見せている。その10回ともに、景気の山から2月~1年8月遅れ、平均9月遅れで株価は安値をつけた(P146~148)

 1955年以降、FRBは15回金融政策を引締めたが、うち9回は景気後退を引き起こした。引締開始~景気後退開始:平均1年9月、min10月、Max2年10月(P152~154)

 

【第6章】(略)

【第7章】

 現時点(2009年4月)で、米国経済が直面する最大の問題はデフレである。カネをばらまけと無責任に叫ぶ人がいるが、その金が政府の金なら財政赤字になるし、お札を刷るにしても、ばら撒く先は銀行でしかなく、その金は国債に変わるだけで人々の手に届くわけではない。残された道は、現在の新興国と同様に、通貨を切り下げ、輸出競争力を2 取り戻し、海外から利益を獲得していくほかない(P219~221)

◎著者の認識は、当時と現在では異なっているのではないか?

 

【第8章】

予測①:今回の米国の景気回復のピークは、2014年4月頃となる

予測②:米国の不動産REIT市場は、2013年4~5月頃にピークをつける

予測③:米国株は、2014年1~3月頃にピークをつける

予測④:米国株のピークはS&Pで1623ポイントあたりで、ボトムから141%(2.4倍)

予測⑤:米国株のピーク前後で日本株もピークをつけるが、水準は17400円~19600円

予測⑥:米国の本格的な利上げは2012年以降となる

予測⑦:米国信用リスクは、2012年後半~2013年前半にボトムアウトする

予測⑧:ドルの大底確認は米国の量的緩和策が終了してからで、2012年以降にずれ込む

 

 1929年、1973年、2001年のデータから次式が得られる(P244)

   Y       =   7.3115X  ー 268.7  

(その後の株価上昇率) (株価の下落率)

7.3115✖56%-268.73=141%(予測④)

Y(日経平均株価)=13.884 ✖ S&P ー 3970.8

Y = 13.884 ✖ 1623 ー3970.8 =18563 (予測⑤) (P248~249)

 

【終章】

 何人かの人々が、同じ感覚を保有し、同じ行動をとるところから、マーケットにトレンドが生まれる。そのトレンドは次々と賛同者を集め、大きな相場へと成長していく。やがて飽和点に達し、多数が少数に変わっていく(転換点)。多数が少数に、少数が多数に延々と循環していくのがマーケットの永久運動。この運動の中で、ある時はトレンドに乗り、ある時はトレンドから離れる。それが人と違う選択をすること、即ちリスクを取るということの本質である(P271~272)

(マネーの鉄則)(P272~283)

鉄則①:マクロとマーケットの違いを知れ

鉄則②:物事が起こる順番を知れ

鉄則③:最低でもこれだけの市場を見ておくべし

鉄則④:止まった時計は見ないで捨てよ

 止まった時計とは、己の信念に頑なな「専門家」のこと(P281) 

 昇りきった梯子(成功体験)はすぐに捨てなければならない(P284)