(目次)
第1章 立ち上げ
第2章 生い立ち
第3章 金策
第4章 モバイルシフト
第5章 ソーシャルゲーム
第6章 退任
第7章 人と組織
第8章 これから
【第1章】
1999年1月7日、So-netを運営するソネット(ソニーコミュニケーションネットワーク)の山本泉二社長が、「そんなに熱っぽく語るなら、自分でやってしまったらどうだ」の一言が、私(南場智子)の人生を変えた(P14)
川田尚吾(工学博士)と渡辺雅之(総合人間学部)(共に当時、マッキンゼー)を仲間に引き込んだ(P18)
1999年3月4日、DeNA法人登記(P19)。茂岩(川田の後輩、日本IBM)、渡辺兄、乙部(興銀)が参加(P19~21)
1999年9月、安藤(オラクル)を採用。エンジニア5人(守安功:現社長を含む)も採用(P41)
1999年10月、サービスのシステム開発(委託)の成果物ゼロ(コードが1行もない)が判明(P31)
1999年11月29日、ビッダーズ(ネットオークション)誕生(P44)
【第2章】(略)
2000年2月、春田(銀行企画部、現会長)入社(P72)
2000年3月、ITバブル崩壊(P73)
2001年3月、資金調達:ソネット1億円、NTVP(VC)4億円、マッキンゼー先輩0.7億円(P73)
2002年2月末、ヤフオク手数料値上げ⇔ビッダーズ値下げ:ヤフオクに出稿
⇒ヤフオクからの流入でユーザー数急拡大⇒7月頃、急拡大ストップ:会員数120万人
⇒敗北⇒ショッピング事業に転身:黒字化へ転進(P78~81)
2003年3月期下半期、黒字化達成(ショッピング事業強化)(P93)
【第4章】
2004年春、モバオク(携帯向けオークションサイト:川崎(オークション統計ページ運営)がゼロから開発)開始
⇒パケット定額制の普及に乗じた
⇒モバイルユーザーの特性:質問・回答が5分後⇔PCは1~2日後
⇔ビッダーズ(PC向け)と連携で、使い勝手が悪くなる(P98)
2004年3月期、売上16億円(P105)
2005年2月、東証マザーズ上場(P106)
2005年夏、モバゲー検討開始(P116)
2006年2月初旬、モバゲー開始(P116)
2007年3月期、売上141億円(P122)
2007年12月、携帯フィルタリング義務付け。東証1部市場変更(P122~123)
2008年初頭、売上拡大ストップ、株価急落(P131~133)
【第5章】
2009年10月、怪盗ロワイヤル(大塚剛司開発:成功するゲームのエッセンスを抽出)サービス開始(P141~143)
2010年1月、モバゲーをオープン化:第三者もゲーム開発、モバゲー内で展開(P144)
2010年秋、ヤフー・モバゲーの共同事業開始(P147)
2010年12月、公取立入検査(P152)
2010年10月末、ngmoco(米サンフランシスコ)を買収(P160)
【第6章】
2011年4月30日、夫ががん告知(P168)
2011年5月25日、社長交代発表(守安代表取締役社長、春田会長、南場非常勤取締役)
(P173)
2012年春、コンプガチャ社会問題化(P187)
【第7章】
社長の一番大事な仕事は意思決定。緊急でない事案も含め継続討議にしない。継続討議は楽だが、現場が動けなくなるので不可。決定的な重要事項が欠落していないときはその場で決定。事案は、事前に頭出しで報告を受ける。その時点で重要事項をすり合わせる(P197~198)
①最高の人材を採用し、②その人材が育ち、実力をつけ、③実力ある人材がステージに乗って輝き、④だから辞めない、が理想(P200)
優秀なコンサルタントは、間違った提案をしても死なない立場にあるからこそ価値あるアドバイスができることを認識している。検討メンバーは一定数必要だが、決定したプランを実行するときは、これしかないという信念を前面に出す(P203~204)
不完全な情報に基づく迅速な意思決定は、充実した情報に基づくゆっくりした決定に数段勝る。本当に重要な情報は当事者となって初めて手に入る(P204)
人は仕事で育つ。成功体験ではなく、のたうちまわって七転八倒した挙句の成功なら大きなジャンプになる(P214)
【第8章】
2012年10月、comm(スマホ向け無料通話アプリ)開始(P238)
2013年3月、Groovy(スマホ向け音楽プレーヤー)開始(P240)