人類帝国衰亡史 ヘンリー・ジー著 2025年9月ダイヤモンド社刊

(目次)

プロローグ

第1部 台頭

 第1章 人類という家族

 第2章 ヒト属

 第3章 横並び、生き延びた者たち

 第4章 最後に生き残った人類

第2部 凋落

 第5章 農業 最初の犠牲

 第6章 病弱で、寄生虫まみれ、感染症にも悩まされる

 第7章 崖っぷち

 第8章 崖っぷちを越えて

 第9章 崩壊の先にあるもの 

第3部 脱出

 第10章 未来への鍵を握るのは‥

 第11章 新たな一歩を踏み出す

 第12章 人類の生存領域を広げる

あとがき

注釈

訳者あとがき

 

【プロローグ】

 生物の系統は一定期間栄えた後、当然のように衰退し滅びるものだという考え方(種の老衰:直線進化)(P23)

 ある種がこの世に現れる理由は様々だが、その種が優勢になる背景には、他の生き物たちとの摩擦がある。一度頂点に達し、あらゆる競争相手を排除してしまうと、今度は地球という敵と長く、最終的には敗北する戦いを続けねばならない(仮説)(P27)

 5万年前のホモ・サピエンスは、数ある人類のひとつに過ぎなかった。2万5千年前頃、ホモ・サピエンスは、アフリカ全域とユーラシア大陸に拡がり、アメリカ大陸にも進出していた。この時点で、他の人類は姿を消していた。この瞬間から、ホモ・サピエンスの終わりは、すでに定められていた(P30~31)

 93万年前~81万年前の10万年間以上、人類は絶滅寸前の状態にあった。期間中地球上全ての繁殖可能な人類合計で、常に1280人を超えることがなかった。初期の人口の少なさが、私たちの遺伝子に痕跡を残している。遺伝子的に中身が似通っている(P37)

◎この説は有力な科学研究の仮説。現代人のゲノム(遺伝情報)を高度な統計手法で解析した結果、およそ93万年前から81万3000年前にかけての約11万7000年間、人類の祖先が急激な人口減少(ボトルネック効果)を経験し、絶滅寸前だったことは間違いない

◎90万年前に生きていたのは、現生人類(ホモ・サピエンス)ではなく、その祖先にあたる初期人類(ホモ・ハイデルベルゲンシスやホモ・エレクトスなど)。ホモ・サピエンスがアフリカに誕生するのは、それからずっと後の約30万年〜200万年前。

◎化石記録との矛盾:この期間中も、アフリカ、中国、ヨーロッパ等で初期人類の化石が見つかっている。世界中で同時に1280人まで減ったにしては、化石が広範囲で見つかりすぎている

◎地域的な孤立の可能性:全人類が減ったのではなく、後に現生人類へつながる一部の集団(数千人)だけが孤立し、他の地域の人類と交わらなくなった⇒それが遺伝子にボトルネックとして刻まれた(仮説)

統計モデルの限界:現代人のDNAのわずかな変異から100万年近く前の正確な人数を逆算する手法そのものに、まだ不確実性がある  byGemini

 現在のすべての人類は、小さな生き残り集団の子孫にあたるため、遺伝的に利用できる資源は限られている。新たな病気への対応において、立ち向かうための多様性が十分ではない(P39)

 人類の衰退が始まったのは、動植物の家畜化からだ。2万6千年前、農業の誕生だ。このときから人口が指数関数的に増え始めたが、その代償は大きかった。結核、寄生虫、糖尿病だ(P41)

◎動植物の家畜化によって、人類は指数関数的に増加したのだから、それは隆盛の始まりであって、衰退の始まりではない。「衰退」を著者はどう定義づけているのか不可解

 もっと深刻なのは、今の人類の多くが遺伝的に似通った限られた種類の作物によって養われているという事実だ(P42)

 ホモ・エレクトスは、アフリカからユーラシア全域に広がっていく中で、新しい種へと分化し、特定の環境に適応した姿を取るようになった。多様化が可能になったのはホモ・エレクトスの集団が広く分散し、個体・集団同士が出会わなくなったからだ。交流、交配の機会が断たれることで、それぞれが独自の進化の道を歩み始めた(P51)

◎著者が指摘する人類の欠陥は「現生人類の遺伝的多様性の欠如だ」。それを補うために種の多様性が必要という論理だが、その論理は間違っている

◎「人間としての遺伝子資源3(バリエーション)を豊かにする」という意味での多様性であれば、本質的に必要なものは以下の3つ。要するに時間が足りないだけだ

①時間(十分な世代交代の回数)

②巨大な人口(変異を溜めるプール)

③自由な交配(バリエーションのシャッフル)  byGemini

 

【第1部】【第1章】

 1千万年前~600万年前の間に、ある種のサルが習慣として直立歩行を始めていた。ダヌビウス(1200~1400万年前:バイエルン)は、木の枝や枝の上をよじ登るのに適応していたが、その姿勢は直立に近いものだった。木の上を歩くように、ただ枝がなくなっただけ。それが初期の直立歩行だったのかもしれない(P70~71)

 600~700万年前のサヘラントロプスの頭骨は、直立歩行していたとされる。頭骨の底にある穴が四足歩行動物は頭蓋骨の後ろにあるが、直立歩行するホミニンでは頭蓋骨の下側にある。そうすることで背骨が垂直に立ち上がっても、顔が前を向く(P73~74)

 恐竜が二足歩行できたのは、長い尾があったからだ。胴体の前方と尾が釣り合いを取り、水平に保たれていた。尾が短い鳥たちは、背骨を水平に保つために、膝を常に曲げたまま、しゃがみ込むような姿勢で歩いている(P78)

 類人猿は、サルより体が大きいため、枝の上を走ったり、枝から枝へ飛び移るのが難しくなる。そのため類人猿たちは、枝の上を歩くのではなく、枝にぶら下がったり、よじ登ったりするようになった。こうした生活様式では、直立の姿勢を取れることが利点になる。ホミニンは、木が少なくなりつつある世界に生き、祖先が尾を失っていたため、身体がサルより大きくなっていた。結果、後ろ足で立って歩くしかなかった(P80)

 二足歩行は四足歩行よりずっと不安定だ。一歩踏み出すたびに、片足だけで全身を支えることになる。その瞬間、体全体のバランスが崩れやすくなる。だから脳は、常に、身体が今どこにあるか、どの方向に向かっているのかを、正確に把握しなければならない(P82~83)

 

【第2章】

 地上で暮らし、群れで狩りをするという新しい進化の方向を決定づけたのが、ホモ・エレクトス種だ。背が高く、脚が長い彼らは長く走れた。短距離では速い獲物も、やがて暑さで力尽きる。アフリカから初めて出たホミニンも彼らだ(P90~92)

 ネアンデルタール人は、元々熱帯を好んで暮らしていたホミニンの系譜を受け継ぎながら、ユーラシア全域に広がっていった。彼らの数は少なく、行動範囲は狭く、部族同士が出会うこともまれだった。そのため血縁関係が濃くなっていき、常に絶滅の一歩手前に立たされていた(P94~95)

◎数が少なかったのはホント。ユーラシア全域にいたネアンデルタール人の総人口は、全盛期でも常に数万人程度と推定。近親交配で常に絶滅寸前だったのはウソ。シベリアなどの極端な辺境(アルタイ地方)の化石からは、激しい近親交配の痕跡が見つかっているが、ヨーロッパ西部にいた主要なグループは高い遺伝的多様性を保ち、近親交配を避けて健全に暮らしていたことが判明。彼らは孤立していたわけではなく、部族間でネットワークを作り、交流(婚姻関係の結びつきなど)を維持していた  byGemini

 

【第3章】

 人類は共通のアフリカ出身の母(イブ)にルーツを持つ。イブが唯一の女性だったわけではない。他の女性の子孫が現代まで続かなかっただけだ(P110~111)

 アフリカの外にいる現代人は、アフリカ内部の多様な人類の一枝に過ぎない(P122)

 現代アフリカ人のDNAには、まだ知られてない別のヒト属の痕跡がわずかに含まれている。割合は2%で、70万年前に現生人類の祖先と別れた。この未知のヒト属のDNAが現代アフリカ人の祖先に入り込んだのは、3万5千年前のことだ(P125)

 

【第4章】

 ホモ・サピエンスは、その存在期間の96%において、石器時代レベルの道具で生きてきた。人口が増えたことで、ひとつの発明、伝統がその時代限りで消えることなく、次の時代へと引き継がれていく。進歩を妨げていたのは、人口の少なさだ(P128~132)

 技術的な技能を次世代に受け継いでいくには、ある程度の人口が、ある程度の密度で暮らしている必要がある(P132)

 衣服のおかげで人類は北極海沿岸にまで進出できた。目当てはマンモスだ。肉、脂肪、皮、骨は、食料、道具、住居の材料となった(P141)

 

【第2部】【第5章】

 イヌも人間も社会性のある肉食動物であり、ときには死肉をあさるスカベンジャーでもある。社会構造が似ているため、人間の集団とイヌの集団が一体となって行動するのは自然な流れだったかもしれない(P151)

 狩猟採集民は、季節ごとの自然の食料を効率よく利用するため、彼らは決まったルートをたどる傾向がある。むやみにあたりをさまようようなことはしない(P153)

 最大の疑問は、狩猟採集で生きてきたホモ・サピエンスが、何故ある時期から定住生活に移って、農耕を始めたのかだ。3つの要因がある

①地球が数十万年ぶりの寒冷期を抜け出しつつあったこと⇒気候の急激な変化 

②人の数が増えた⇒狩猟生活だけでは生活が成り立たない

③野生動物が激減(P154~156)

◎①気候変動(ヤンガードリアス期の終わり)約1万1700年前、氷河期が終わり地球が温暖化:適度な降雨により、野生の麦などの植物が自生しやすい環境が整った

② 人口増加と資源の枯渇:狩猟採集の技術が向上し人口が増加:野生の動植物の供給不足⇒食料不足

③定住化の先行豊かな環境(水辺など)では、農耕を始める前から定住生活が始まっていた。移動しない生活様式が、種まきや収穫の管理(農耕)を容易にした。

④動植物の馴化(ドメスティケーション)人類が栽培・飼育しやすい種(小麦、米、羊、山羊など)を意図的に選別。野生種より収穫量や生産性が飛躍的に向上 byGemini

◎②では、「狩猟技術の向上」により「人の数が増えた」と言わないと狩猟生活からの移行が説明できない。従来と同じ狩猟生活をして、なぜ人が増えるのかを説明できていない

◎肝心なところでの不正確な記述が多すぎて、まともに読む気がしなくなった。よってこの辺りで読むのを終了