母脳 黒川伊保子著 2017年11月ポプラ社刊

(目次)

はじめに

第1章 母であることの「特別」を知る

第2章 英雄脳を育てるための4つの掟

 1 子育てキャンペーンコピーをもつ

 2 愛はことばで伝える

 3 脳をメンテナンスする

 4 冒険に送りだし

(要点)

 息子が2歳になる少し前のこと、彼は、胎内記憶を語ってくれた。脳の発達メカニズム上、胎内記憶は2歳を超えるころまで保持される可能性が高い。彼は、「ママは、『赤ちゃんがばって』ってゆった」。その言葉は、彼が生まれる前、臨月時に口にしていたが、生まれた後は名前で呼ぶから、「赤ちゃん」と呼ぶことはない。「で、その前はどこにいたの?」⇒「ゆうちゃん、木の上に咲いてたじゃない、で、ママと目があって、それでもって、ここにきたんだよ」つまり、子は母を選んで生まれてくる。あなたの子は、あなたの存在を丸ごと認めてくれる、自然界からの祝福である。

 赤ちゃんの脳にはミラーニューロンが多くあり、表情や気配を読み取ることができる。新生児でも、母親が自分に集中しているかどうかを見抜く。なので、授乳時には、スマホなどで「心」をそらしてはならない。授乳中は、言葉をかけることが大切である。赤ちゃんは、目の前の話し手の筋肉の動きや、息の風圧、抱いてくれる話し手の胸郭に起こる音響振動などで言葉を認知している。〔音が優位になるのは2歳後半から)

 2歳の記号論的なコミュニケーションが始まる頃は、「にゃーにゃー」、「ぶーぶ」などの擬音語、擬態語を使うべき。

 脳にとって、愛は痛みであり、他者の痛みを自分のことのように感じ、自分の中にある癒しを与えようとする行為である。よって、傷ついた回数が多いほど、人は愛を知り、心の痛みの分だけ愛を知ることができる。

 胎児の聴覚野は30週目に完成する。しかし、言葉の真髄が、筋肉の揺らぎ、息の流れ、音響振動などの体感に由来するとしたら、もっと早い時期に言葉を知ることになる。母親が「ありがとう」と口にしたときに、母親の血流がよくなり、ホルモンの作用で、気持ちいい環境になる。同時に、「ありがとう」の筋肉運動、音響運動が届く。それが何回か繰り返されると、「ありがとう」の発音体感と胎内の気持ちよさの関連性が生まれる。神経系ができ始めたときから、胎児は母体の振動を感知する。よって、妊娠8週目には、母体の言葉の振動をキャッチしているに違いない。

 赤ちゃんと呼吸のサイクルを合わせることが大切である。赤ちゃんが吸うときに一緒に吸い始め、2回目の吸い始めを、赤ちゃんの3回目、4回目の吸い始めに合わせる。

 子育ての目標を言葉(キャンペーンコピー)にして掲げるとよい。例えば、スカッとしたヒーロー、気は優しくて力持ち、眩しいくらいのいい女など。ゴール指向型の男性脳は、目標についていけるし、女の子にとっても素敵な呪文になる。

 「母も惚れるいい男」というキャンペーンコピー、美学を伝えられた息子は、ほかの子におもちゃを貸せないとき、「男としてカッコ悪いよ」と言ったら、おもちゃを差し出した。

 どんな子も、親の思い込みで育てられる。ゼロリスクの子育てはなく、脳は、何かの才能を得ると、一方で何かの可能性を失う。未知の脳をプロデュースする楽しい大役を親はもらう。自分が子のプロデューサーだと覚悟が決まれば、子育ては、人生最高のプロジェクトになる。

 ただし、早期教育は、ときには脳の可能性を潰す。脳が自発的に欲する前に、大人が要領よく知識を与えてしまうと、好奇心が育たない。脳が失敗して、痛い思いをする前に、後永安全な正解を渡してしまうと、脳はセンスを培えない。(もっとも、優等生脳を促成栽培することはできる) 

 すべての教科は、社会生活上の役に立たないように見えるかもしれない。しかしすべての教科は問題解決力を身に着けるためにある。すべての教科は、それぞれ全く違った方法で、問題解決力を与えてくれるが、小学生のうちは、その子にとって、どの教科のアプローチで解決するのに役立つかが分からないので、全部やって行くのである。

 愛は、言葉にしなければ伝わらない。特に、男女の脳は、感性構造が違うので、無意識の所作が異なる。異性への思いは、暗黙の了解では伝わらない。母は息子に、父は娘に、明確に言葉で愛を伝えなければならない。

 子に伝えられた愛は、生涯、子を支えることになる。生まれてすぐがお勧めだが、いつからでも間に合う。特に13歳から15歳までの、子ども脳から大人脳への移行期には、脳は不安と困惑の中にいる。

 12歳までのこども脳は、感性記憶であり、文脈記憶(行動や言葉の記憶)に、匂いや触感、音などの感性情報が豊かに結びついている。例えば、観光地に行ったことを思い出したら、その日口に入れたキャンディの味も一緒についてくるようなこと。つまり、子どもたちの脳は、ことの成り行き以外に、五感が受け取った感性情報を丸ごと記憶している。これらの感性情報が、後の人生の発想力や情感の豊かさを決める。

 しかし、子ども脳の記憶の仕方は、大きな容量を必要とするので、この形式で蓄積続けるのは不可能だし、検索も効率的ではない。そこで、大人脳は、何かを体験したとき、過去の記憶の中から類似記憶を引き出して、その差の分だけを記憶する。

 13歳から15歳の脳は、大人脳への移行期に当たり、記憶の基本的なシステムが変更されつつある中で、使われる記憶も過去に記憶された大量の感性記憶から作られつつある少量の文脈記憶に依存することになるため、脳は、誤作動を起こしやすくなり、不安定になる。

 そういう危機にあるときに、親から与えられる愛の言葉は、子を支えることになる。

 愛するあまり過保護にすると、ダメ人間になる可能性が指摘されている。それは事実だが、しかし、それは、失敗を奪ってしまうケースで生じる。脳は、失敗することで知恵やセンスを培うのであり、生まれたての子にとって大事なのは、転ぶことである。動物は、行動に失敗して、痛い思いをすることで、身体制御の限界を脳にフィードバックする。なのに親が失敗を恐れて、手を添えすぎると、運動音痴や手先の不器用な子になる。

 同様に、本人が興味を覚える前に英才教育を始めるのも機会損失の1つである。自分で工夫する前に勉強の技術を学ばせると、手っ取り早く成果が出せるものの、気づきと工夫の神経回路が作られず、子の脳から、発想力を奪う結果をもたらす。

 ものがたり本との出会いは8歳ぐらいからが望ましい。読書は、脳に現実の人生を遥かに凌駕する豊かな経験を与えてくれる。ファンタジー本による疑似体験を脳がセンスに変える。子を読書家にするには、本が楽しい世界を開いてくれることを、脳に刷り込む必要がある。それは絵本との出会いから始まる。絵本との出会いは、早すぎることはない。0歳から始めてよい。ただし、2歳半までの脳が、とっさに視覚認知できるのはシンプルな形である。文脈も理解できないのでシンプルなイラストと、添えられた言葉の発音を単純に楽しめる絵本がいい。例えば、こっちに向かって歩いてくるとぼけた犬の画に「ずんずん」という擬態語がついている絵本など。

 子に絵本を読んでやるのは、長い人生の中で、本当にわずかな宝物のような時間である。マルだけが並んだ絵本の大きな丸のページを、低い迫力のある声で「まるまる、おおまる~」と唱えながら、続いて軽やかな声で「まるまる、こまる~」と唱えながら、小丸のページを見せてやったら、息子は、何度も笑い転げた。絵本を選ぶときのコツは、発音して楽しい言葉を選ぶこと。

 小学校低学年で教科書音読の宿題が出るのは、言語脳を完成させるため、とても有意義である。絵本から、ものがたり本、ファンタジーと進むその間に、脳は言語脳の完成期を迎え、8歳近くになると、脳は実際の発音に触れなくても、文字を見ただけで「発音体感」を想起するようになり、自然に読み聞かせから卒業する。

 脳神経回路が著しくその数を増やす脳のゴールデンエイジ(9歳~12歳)をファンタジーに夢中で過ごすのは、脳科学的に理想的である。例えば、ナルニア国物語指輪物語ハリーポッターバーティミアス・シリーズなど。(答えが決まっている受験勉強に費やすのはもったいないので、息子の中学受験はパスした。)

 絵本の読み聞かせは、母と子の最初のデートのようなものであり、親にとっても子にとっても、何年たっても風化しない、密やかで甘やかな思い出である。なお、幼児期を過ぎたら、親が本をむさぼり読む姿を見せる。

 弟や妹ができたとき、今まで暮らしの中心にいた長子は、いきなり脇に追いやられる。命がけで母親に依存している2~3歳児にとって、脳神経回路のショックは、失恋の何倍もの大きさになる。

 男性脳にとって、一番でなくなったことのショックは、母親の想像を遥かに超える。男性脳は、空間認知力が発達しており、物事の順番や位置関係に敏感である。困惑の中にいる長男(及び新米パパ)には、赤ちゃんの世話をする前に、そのことを報告するとよい。例えば、「〇〇ちゃんに、おっぱいあげるね、お兄ちゃん」のように、母親の意識が赤ちゃんに集約される前に、上の子に意識を向ける。つまり、意識を向ける順番を長子、次子にする。なお、順番は変えないことが重要なので、二男は最初から2番なので、2番手であることは、兄ほどにはストレスにならない。

 男子の兄弟は、食事を出す順番など、生まれた順に事を運ぶ。ファミレスで、二男が先に「僕、ハンバーグ」と言ったときも、優しく目を合わせてうなづきながら、口では、「お兄ちゃんは?」と兄を優先する。幼き日に、母親が兄を立ててやり、弟に一目置かれるようにしてやれば、兄弟げんかが少なくて済む。なお、夫は、スーパー長男である。長男より、先に声を掛けなければならない。

 男性脳は、空間認知力が発達しており、遠くを意識して近くで生きる。その意識は人生にも及び、目標となる人を定める。そして、多くの場合、父親が、最初の現実的なモデルになる。その人が、母親にないがしろにされているのでは、目標になりえない。母親が、父親を立てれば、男の子は純粋にそこへ行きたいと思える。なぜなら、男の子にとって母親は憧れの対象だから。

 女の子の場合は、順番は、それほど気にすることはない。しかし時間の長さを気にするので、赤ちゃんの面倒を見るときも、傍において話しかけたり、お尻を拭きとってもらったりして、参加させる。

 女の子は、むしろ、「気持ちが分かってもらえない」ことに敏感である。次子の世話に夢中な母親に構ってもらいたくて、様々なサインを出すのに分かってもらえないと、姉はキレる。上の子がキレたら、いったん彼女のほうをしっかり向く。「あなたの気持ちに気づかないでごめんね」と声をかけ、しっかり抱きしめる。気持ちさえ分かってくれれば、大抵のことには耐えられる。

 女の子は、周囲をよく観察してするべき反応をしっかりする。例えば、笑い返す、手を振る、うなずく、共感するなど。4歳の女の子の観察力は母親と同等である。したがって、女友達を遇するように、娘を遇するべきである。例えば、「これ、食べない?」(⇔「これ、食べなさい」)、「買い物に行こうと思うの、帽子かぶる?」(⇔「帽子かぶって」)おもちゃを取り合って、下の子が泣いたとき、「どうしよう」と上の娘に向かって困惑する。すると、「私のおもちゃ、貸してあげようか」と言って、一歩引いてくれたりする。(「お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい」は不可)

 4歳で一人前になる女性脳の自我は、増幅の一途をたどる。思春期には、自分の気持ちがこの世の一大事で、前髪を切りすぎたくらいで、世間の誰もが自分の前髪を笑っている気がする。女の子には、世間はそんなに君のことを気にしてないということを知らせる必要がある。そのためには、家庭を彼女中心に回してはいけない。母親を中心に回すべきである。そこで、もし娘と母親の意見が食い違ったら、父親は、きっぱりと、妻の味方をすべきである。父親の妻への愛の言葉は、娘に贈る愛の言葉である。

 2歳の反抗期は、脳が因果関係と法則を見出していく過程である。コップを倒す~片づけたのにまた倒す、という行為は、コップを倒したらミルクの美しい曲線が広がることが、何度やっても同じなのかを脳が知りたいからである。ティッシュを無駄に引き出す~叱ってもやめない、あるいはおもちゃを投げて取れと騒ぐ~問ってやってもまた投げるという行為も同じである。同居していた姑は、心優しい人で、ティッシュを引き出す息子を叱りもせず、「大人になるまで、これをやり続けるわけじゃないし」と言っていた。

 2歳の子は、朝、保育園に預けられたとき、今、この瞬間の悲しみに泣いている。「夕方までの長い時間、ママと離れ離れ」と思って泣いているわけではない。しかし、6歳の頃、働く母親が、「今日は、早く帰るね」と約束したのに、早く帰れなかったとき、「この前もそうだった。次もそうに違いない」と長い文脈を紡ぎだすようになる。その結果、7歳後半頃になると、「結局、ママはボクより仕事のほうが大事なんだね」というところに行きつく。しかも、子どもは、その絶望を口にしない。そこまで長い文脈を言葉にできるほどには言葉の能力が達していないからだ。ただただ、静かに絶望する。

 息子がその状態に陥ったとき、手帳を見せて、「休んでほしいと思う分だけ、赤い丸を描いていい。ママは会社を休んで、ずっとそばにいてあげる」と言った。手帳の見開き1週間に赤丸を付けたところで、息子は、一息ついた。翌日から、彼は元気に学校に行くようになった。8歳の絶望には、行動で示すしかない。言葉だけでは足りない。愛を言葉と行動で示すしかない。

 脳は、電気回路であり、察する、思う、考える、好奇心、集中力、発想力、忍耐力、これら脳で起こることは、すべて電気信号によってまかなわれている。したがって、電気信号がうまく流れることが大事である。

 やる気のない子の原因は、3つ考えられる。

①血糖が足りない。血糖は電気信号のエネルギーだ。

コレステロール不足。ニューロンコレステロールで被覆されている。被服が十分でないと、電気信号が減衰される。

③ホルモン不足(セロトニンドーパミン)。これらは、やる気信号を起こす。

 これらの原因別に、食べ物や入眠時間に気を使うべきである。叱っても意味がなく、有害であり、深刻なメルトダウンを起こすリスクもある。

 眠っている間に、脳は、起きている間の体験を何度も再生して確かめ、知恵やセンスを抽出して、記憶を定着させている。そこで子どもたちの脳は低血糖状態で目覚める。空腹時に糖質を食べると血糖値が急上昇し、インスリンの過剰分泌を招き、そのことが2~3時間後の低血糖状態を作り出す。よって、朝食は、たんぱく質、繊維質、糖質を摂る。

 また、脳の成長著しい成長期、ホルモンの変更に耐える更年期、ともするとボケが進む熟年期には、コレステロールが必要である。

 セロトニンドーパミンなど信号を促進するホルモンだけだと多動性を呈する。ノルアドレナリンが2つ目以降の信号を抑制することで、集中力を作り出す。ドーパミンノルアドレナリンを、意識して、同時に分泌するには、少し汗ばむ運動しかない。

 身体制御を司る小脳は、8歳までに、その基本機能を取り揃える。そこで、8歳までの小脳には、様々な身体経験を与える。例えば、スポーツ、ダンス、工作、楽器演奏、歌うこと、話すこと、本の朗読、料理、園芸など。 群遊びもよい。群遊びとは、年齢の違う子同士が、高低差のある空間で、自由に遊ぶことである。

 男の子は、動くものや遠くにあるものに意識が行きやすい。生まれつき得意な距離感を図る能力を使って、ものの距離感を探って遊んでいる。したがって、男の子を遊ばせるときは、部屋中におもちゃが散乱していることが望ましい。おもちゃを取ってあげたり、「3個目を出すなら、1個目をしまおうね」と言ったりする始末のいい母親は、心を入れ替えるべきで、散らかし放題が、男子の最高の英才教育なのである。

 4歳を超えたら、ずっとキープする遊び空間を与えるとよい。何か月もかけて、ブロックや積み木を作っては壊しできる工房である。発明少年の発想力を育てたのは、片付けないでいい部屋だった。

 距離感を測りながら育つ男性脳には、羅針盤のような極座標原点がある。男は、帰るところがあるから、世界の果てまで行ける。男の人生は、原点や基点との距離を測る人生とも言える。幼い子の自立心を育むため、母親が手を離したすきに、すっと後ろに下がるのは、よろしくない。その子の「基点」をぶらすと、「不安」をもたらすからである。

 男性の脳の構造上、原点である母親は、穏やかで優しい存在であるほうが、男性脳は安定する。

 子の探究心をなえさせる関門は、次の2つである。

①2歳の実験を封じられること(ティッシュ引き出し等)

②4歳くらいから多発してくる無邪気な質問を封じられること ⇒ 質問力を失う

 質問力は、テーマを見つけ出す力であり、これを育むには、質問を喜ぶことである。答えがないときは、質問を返すことでもいい。「あなたはどう思う?」

 エスコート術は、母親が教える。そのため、16歳になったら、母親とちゃんとデートする。エスコートの基本は見守りである。例えば、

①女性たちが、全員無事に席に着いたことを確認してから自分も席に着く。

②女性が裾の長いドレスを着ているときは、車から降りる足元、、階段の上り始め、降り始めの足元を見る。躓きそうになったら、自然と肘から先を差し出す。

③2人掛けのテーブルでは、窓側に女性を座らせる。通路側は、給仕にぶつかる可能性がある。

 また、外国の国家を聞くときは、帽子をとって、起立する。